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種苗法の言葉、わかりやすく解説

種苗法改正について某女優さんがツイッター上でつぶやいたことで賛成派・反対派の議論が活発になっていますね。

ただ、どちら側の主張も言葉の定義から勘違いしている方が多いと感じるので、種苗法に関する議論の中で多く使われる専門用語の意味を整理するところから始めようと思います。

種苗(しゅびょう)
生産のために必要な種子・苗・球根などの総称であり、以降で説明する在来品種・固定品種・F1品種などを区別しいない言葉であるとに注意してください。

自家採種(じかさいしゅ)
次年の栽培に使う種苗を農家自身が生産する行為。

育成者権
種苗法を根拠にして、新品種の自家増殖や販売を独占する権利のことです。育成者権が保護されるのは最長でも30年であり、期限切れの古い品種は自動的に一般品種に切り替わります。期限切れ品種の再登録や、在来品種のような既に知られた品種は新品種として登録できません。『植物版の著作権』などと表現されます。


【繫殖方法には大きく2種類ある】
種苗は増殖方法の違いによって、種子繫殖と栄養繫殖の2つに大別できます。
種子繫殖
種苗の中でも特に花の受粉を経て得られるタネ(真正種子)のことを指してます。マメ類・稲・ムギ類などは主に種子によって繫殖されます。
よくある間違いとして、種芋を使って増殖されるジャガイモに対して「ジャガイモの種子を植える」という表現をするのは誤りです。正しくは「ジャガイモの種芋を植える」です。同様にサツマイモの苗や、チューリップの球根などの花の受粉を経ていない種苗に対して種子という表現を使うのも適切ではありません。
栄養繫殖
主に球根・イモ類・樹木などの栽培で行われる増殖方法であり、茎・根・葉・球根などの植物体の一部を種苗として利用します。例えばバラの枝を切って土に挿すと根が再生して、簡単にクローン苗が得られる。このようにして得られる苗を「挿し木苗:さしきなえ」と呼びます。*トマトは通常、種子繫殖ですが、挿し木による栄養繫殖(クローン苗の増殖)が容易であるため、種苗法の是非(自家増殖の規制たったいっこ)を論ずる上で良い題材となります。


【自家受粉と他花受粉の違い】
種子繫殖は、さらに自家受粉他家受粉の2種類に分類できます。

自家受粉とは、種子親(母親)と同じの個体に由来する花粉で受粉することであり、種子親以外の遺伝情報が混ざらないのが特徴です。マメ類・稲・ムギ類などの、主に自家受粉によって繫殖する作物の場合、遺伝的にはクローンに近い状態と考えられています。つまり突然変異を起こしていない限り、たった一粒の種子からでも品種の増殖(複製)が容易です。

他家受粉とは、種子親(母親)と別の個体に由来する花粉で受粉することです。受粉の度に自分以外の個体の遺伝子が混ざりあうのが特徴です。大根・カブ・白菜・トウモロコシなどは比較的に他花受粉の傾向が強い植物です。自家受粉と異なり遺伝情報が混ざり合うので、品種の維持や増殖の難易度が上がります。

【種苗の繫殖方法の違いによる品種の分類】
固定品種(固定種)
種子による繫殖を経ても遺伝的なバラツキが小さい品種のことであり「遺伝子が固定されている」という意味です。一般的な言葉で表現するなら「血統書が付いた純血の品種」ということになります。犬に例えるなら血統書付きのチワワやダックスフントに相当します。遺伝的に均一化しているので生物としては脆弱なことが多いです。

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こちらの画像は固定品種のトウモロコシです。スーパーで売られている一般的なスイートコーン(F1品種)と比べて1/3程度の大きさしかありません。

F1品種(交雑品種)
種子を得るために常に2つ以上の品種(主に固定品種)を交配し続けなければならない品種のことです。簡単に言えば雑種のことであり、そこから種子を収穫して繫殖しても遺伝的なバラツキが大きくなるため「一代限りの品種」などと呼ばれたりします。犬に例えるなら血統書付きのチワワやダックスフントを交配してつくられたチワックスに相当します。

少し難しい話ですが、F1品種とは『遺伝的に均一化して生物として脆弱化した固定品種を両親とする、雑種化した種子の1代目』のことです。そして固定品種同士の雑種1代目は「両親の中間的な性質で、かつ両親よりも強靭に育つ」という特性があります。つまり農家にとっては雑種特有の病気に強くて育てやすいという特性に加えて、均一に育ってくれるので大変に魅力的なのです。

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こちらのダイコンは私がF1品種から種子を収穫して、その種子を育てた3代目(F3)です。ご覧のように兄弟で大きさや形、色までもバラバラで市場流通に乗せられる状態に育ちませんません。画像のダイコンほどではありませんが一般的な固定品種もバラツキが大きくて市場出荷が難しいので農家が嫌がります。

無理やりに遺伝子を均一化すると
・病気に弱くなる
・生命力が弱くて種子が取れなくなる
・収穫量が少なくなる

などといった弊害が出てしまうので、固定品種では育てやすさ(耐病性や収穫量)と均一な生育は両立が難しいのです。

意外に思われるかもしれませんが現代の農業では、特に食糧生産の分野においてはマメ科(大豆)・イネ科(稲と麦)キク科(レタス、搾油用のヒマワリ)など以外は、このF1品種が栽培されています。固定品種のトマト、大根、チンゲンサイ、キュウリなどがスーパーの店頭に並ぶことは滅多にありません。理由はF1品種の方が生育力が旺盛で病気に強く育てやすい品種が多いからです。

穀物などで固定品種が利用される理由は「固定品種が望ましいから」ではなく、技術的にF1品種の種子生産が困難だからという妥協によるものです。

栄養繁殖型品種(栄養繁殖型作物)
栄養繫殖によるクローン苗で増殖される品種のことです。栄養繁殖では親と遺伝的にまったく同じクローンが得られるので、固定品種や先ほどのダイコンのような遺伝的なバラツキを全く気にする必要がありません。交配した種子を何万粒も播いて、その中からたった一個でも「奇跡の花」が咲いたら、後はそれをクローンで増やすだけでいいのです。

遺伝的なバラツキを全く気にする必要がないため、資本力や技術力のない個人でも参入しやすいカテゴリーと言えます。果樹やイモ類などの食用作物のほかに、経済的な価値が特に高い観賞用の植物(バラ、キク、ユリ、洋ラン、観葉植物など)は個人育種家や中小の種苗会社が開発した品種が多く存在します。最近では組織培養の技術を応用することで、種子繫殖が中心であった植物であっても栄養繫殖型の品種として利用可能となりつつあります。

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こちらの画像はプリムラ・フランシスカという観賞用の品種です。このような突然変異の影響で種子を作る能力がない品種などは栄養繫殖によって維持されています。

【品種の来歴による分類】
在来品種(在来種)
在来品種とは品種の成り立ちや由来に注目した分類であり「近代的な品種改良(積極的な交配育種)が始まる以前から、特定の地域で栽培されてきた品種」という文脈で使われることの多い言葉です。つまりクラシックな、あるいはヴィンテージな品種と考えておけばよいでしょう。

登録品種
個人の育種家や種苗メーカーが開発して、種苗法によって自家増殖や販売が規制される品種のことです。要するに新品種です。繫殖方法の違い(固定品種であるか、F1品種であるか、栄養繁殖型品種であるか)は問いません。園芸店など正規のルートで流通している種子や苗であれば『登録品種につき営利目的での無断増殖を禁ずる』などの注意書きがあるので過度の心配をする必要はありません。ただし他人から譲り受けたもので品種名が不明な種苗や、フリマアプリなどの正規の流通ルート以外から購入する場合などは注意が必要です。

登録品種として認められるには最低でも以下の条件を満たす必要があります。
均一性:増殖した時に、そっくりな苗(兄弟)が得られる性質。
区別性:色や形・耐病性・成長の速さなど、すでにある品種と区別できる特徴がある。
安定性(再現性):増殖した時に、期待した性質の苗が得られる。
未譲渡性(新規性):すでに知られた品種ではないこと。

例えば在来品種の場合は、明らかに未譲渡性(新規性)の要件を満たしていないので新品種として登録できません。期限切れの品種の再登録もできません。さらに言うと、種苗法で権利が保護されるのは最長でも30年までであり、期限切れの古い品種は自動的に一般品種に切り替わります。


一般品種
種苗法による自家増殖の規制対象とならない品種のことです。在来品種や、期限切れの古い登録品種、さらに育成者が権威を放棄した登録品種がこのカテゴリーに含まれます。繫殖方法の違い(固定品種であるか、F1品種であるか、栄養繁殖型品種であるか)は問いません。


【品種や種苗の説明に関して良くある間違い】
①『固定品種=在来品種、一般品種』←という説明がネット上に見られますが、それは誤りです。例えば水稲の新品種「富富富」などは固定品種であり、かつ登録品種でもあります。

②『ジャガイモ、サツマイモ、バラなどは増殖を繰り返しても性質が変化しないから固定品種である』という説明は誤りです。固定品種とは「種子による繫殖を経ても遺伝的なバラツキが小さい品種」という意味であり、栄養繫殖で増やされる作物の多くは種子で繫殖すると子孫の性質がバラけるので固定品種ではありません。

③『F1品種は登録品種として権利が設定されていない(できない)』←これも多い間違いです。F1品種の多くは種子による繫殖が困難なために、登録品種として権利が設定されることは少ないのですが、トマトやトウモロコシなど一部のF1品種では品種登録が行われています。したがってF1品種のトマトを挿し木によって繫殖すると法令違反になる恐れがあります。*挿し木とは、切り取った枝を土に挿して根を出させて、新たな苗を作ることです。

以上で種苗法に関する専門用語の解説を終わります。
しかし、Twitter上の議論を読む限り
・農家の多くが自家採種していると思ってる。
・花を咲かせるだけで簡単に自家採種できると思っている。
・育種家から一般の農家まで、実際の農業がどのような流れになっているか知らない

などといった現代農業に関する勘違いを前提にしている方が、まだまだ非常に多いとも感じています。時間があればそれらの勘違いについてもできるだけ専門用語を使わずに解説しようと思います。

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