【曲からショート】Travels
日曜日だった。
なるべくゆっくり歩いてきたつもりなのに、もうすぐ家の前だ。
一人暮らしのマンションのエントランス。
ベージュ色の外観が目に入ってくる。
「あーあ」ため息が出る。
「また週末まで会えないんだね」
私に歩みを合わせて歩いてくれる人を見上げる。手はつないだままだ。
「寛さんは平気なの?」
上目遣いで聞いてみる。
「そうだね…平気だとは言い切れないけど。次の週末まで仕事を頑張ろうって思うかな」
また香奈に会うために。寛さんは続けて言った。低めの声。深くて響く寛さんの声だ。
私と寛さんには年の差がある。
まだ女子大生の私と、会社勤めの寛さんは一回りも離れている。
友達は犯罪だとか話が合わないとか言うけれど、ふたりは至って順調だ。
寛さんの会社に短期アルバイトに行って知り合った。
「さて着いたよ」
土曜日か日曜日(もしくは両方)を一緒に過ごし、寛さんは私を家まで送ってくれる。エントランスまでだ。
部屋まで行くと帰れなくなっちゃうから。香奈を連れて帰りたくなるからなんて言う。
いっそ、そうすればいいのにと思うけど寛さんはしない。大人の分別なのだろうか。私にはわからない。
「じゃあまた土曜日にね」
つないだ手をほどいて寛さんは笑顔を作った。ほどかれたまま、中途半端に開いた手をだらんとしたまま私も笑う。
今日も楽しかった。だから淋しくて泣いたりなんか、しない。寛さんを困らせたくない。
「土曜日楽しみにしてるね」
寛さんは安心してくれただろうか。
やがて背を向けて歩き始める。
遠ざかる寛さんを見送りながら思った。
明日もまた会えますように。
叶わない願いごとを。
今日も明日も明後日も、私はずっと寛さんに会いたい。
この気持ちが消えませんように。
ふと見上げると星が光っていた。
ここでも星が見えるんだ。
目を閉じる。
たとえ1日でもいい。寛さんとの時間が長く続きますように。
そんな願いごとをした。