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【曲からショート】コーヒー屋のおねえさん

その日僕はさみしかった。

何と表現すればいいのだろう。

心に風邪をひいたような。

心の中が寒々しかった。むなしくて何をする気にもなれなかった。

家にいてもすることがないので気分転換に外に出た。

住宅地のなんてことない通りをあてもなく歩く。ポケットに小銭入れだけ入れて。

電話は置いてきた。どうせかかってこないから。


次の角を曲がり、さらに曲がったところに車が停まっていた。キッチンカーというのだろうか。

白いワゴンがお店のように開いていた。漂ってくる香り。コーヒー屋みたいだ。

「いらっしゃいませ」

僕が近づくと中にはひとりの女性がいた。エプロンと、同じ色の帽子をかぶっている。

「コーヒーください」

特別好きではなかったけど香りを嗅いだら猛烈に飲みたくなったのだ。

「かしこまりました。少々お待ち下さいね」

くるりと背を向ける。後ろの棚から大きな瓶を取り出して何か作業を始めた。

コーヒー、としか言わなかったけどサイズとか、ホットかアイスか、聞かないのか…?

「お待たせしました」

湯気のたったカップを渡される。プラスチック製の蓋がかぶせられていたけど、それでも香りが漂ってきた。

「僕ホットとか言いましたっけ?」

おずおずと尋ねると女性はスッキリと答えた。

「さみしい時はあったかいコーヒーが合いますから」

笑顔で返されると何も言えない。

まぁいいや。それから首を捻る。

さみしそうに見えたんだろうか。

まぁ、いいか。


その日私はぼんやりしていた。

ちゃんと寝たのに。おかしいな。寝すぎたのかしら。

ぼわぼわした感覚のまま駅までの道を歩く。住宅地の中にあるアパートに住んでいるから駅まで20分くらいかかるのだ。


角を曲がって、さらに曲がったところ…いや、その手前からいい香りが漂っていた。

何だろう?コーヒーの香り? 

角を曲がると白い車が停まっていた。キッチンカーだ。

ランチの時間でもないのに朝早くから珍しいのね。そう思いながら近寄った。

「いらっしゃいませ」

中にはお揃いのエプロンと帽子をつけた女性がいた。コーヒー屋だった。

腕時計を見る。出勤時間にはまだ余裕がある。頭もぼんやりしてあるし、ここで熱いコーヒーでも飲んでいこうか。

そんな気分になった。

看板もないし、メニューも見当たらない。注文はどうすればいいんだろう。

もじもじする私に女性が声をかけてきた。

「熱いコーヒーはいかがですか?」

勧められるままに従った。くるりと背を向けて女性は作業している。食器が触れるようなカチャカチャした音が聞こえてきた。

「お待たせしました」

プラスティック製の蓋がついたカップが差し出される。300円払って受け取った。

「ぼんやり気分には熱いコーヒーが効きますから」

女性は笑顔でこう言った。

コーヒーに口をつけながら考える。私、ぼんやりしてるように見えたのかしら。

まぁ、いいや。


ワゴンの中でコーヒーサーバーを洗いながら女性は鼻歌を歌っていた。 

適当なメロディーと思い付きの歌詞。いつもの「2度と歌えない歌」を。

♪いろんな気持ちがあるのー
♪他には何もなくていいからー
♪とりあえずコーヒーどうぞー
♪少したてば何か見えてくるからー

あとはハミング。

歌い終わると自分用に淹れたコーヒーを幸せそうに飲んだ。


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