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【曲からショート】キッスの手前

風が冷たくなってきた。
半袖のブラウスから出ている腕を軽くさする。季節は移ろっているんだな。

「悪かったな、何か」

二人で飲んだ帰り道。遅いから送るよ、と私の家に向かって歩いていた。

「お役に立てたかどうか」

おどけて返す。6つも年下に恋愛相談するのはどうかと思うけど。

「聞いてもらって楽になった」

和樹さんはかつて私の家庭教師をしていた。高校生の頃わからないところを教えてもらったのだ。

さらに付け加えると、姉の恋人だった人だ。


授業について行けず困った妹を見かねて、ある日突然姉が家庭教師を連れてきた。

教育学部で学んでいた和樹さん。

どうせ先生になるんだからリハーサルにいいでしょ、時給はずんでもらうから。

半ば強引に連れてきた。

強気な姉に草食系男子の和樹さんが恋人同士になるなんて想像もしなかった。

出来の悪い妹に真剣に向き合ってくれる家庭教師に、ほのかな恋心を抱いていた私は思いつかなかった。相当鈍かった。

当時の私を蹴飛ばしてやりたい。


和樹さんの卒業で家庭教師は一旦終了した。姉との交際は卒業後も続いていたので家に来た時に分からないところを質問したことはある。和樹さんは塾の先生になっていた。

月日は流れて和樹さんを見ることが減って来た。姉は仕事の関係で一人暮らしを始め、26歳で結婚した。

相手は和樹さんじゃなかった。


「思えば不思議だよな」

その声で我に返る。

「何が?」

「俺たちの関係」

姉が結婚した後で和樹さんと再会した。

私が就活で偶然和樹さんの勤める塾の説明会に行ったのだ。私も教育学部に進んでいた。

「まぁね…モトカノの妹、ですからね」

「千早ちゃん高校生だったのになぁ…早いよな時の流れは」

「やめてよおじさんみたい」

笑い合う。酔いも手伝っていい気持ちだった。

家の門が見えてくる。私はまだ実家暮らしだ。


「今日はありがとな。おやすみ」
酔っているのか和樹さんの目元が少し赤い。

しばらく黙り込んだ私を覗き込んだ。


キスしてくれたらいいのに。

二人で会うたびに私は願っていた。和樹さんの目を見つめ返す。

でも、何も起こらなかった。

「おやすみなさい」

小声の私に何か気づかないだろうか。

気づいてほしいのに。


軽く手を振って和樹さんはもと来た道を帰っていく。

この道を姉のために何度歩いたんだろう。

やがて角を曲がった後ろ姿は見えなくなった。

息を吐いて体の向きを変えた。

思いは高まるばかりだ。どうしようもない。


明日は羽織るものを持って行こう。

自分を抱きしめるように腕をさすりながら門を押した。


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