【曲からショート】シュミレーション
海辺の遊歩道は駅に向かう人たちでごった返していた。
みんな海帰りだ。畳んだレジャーシートに砂混じりのビーチサンダル。乾ききらない髪。
それを眺めながら、私と吉野くんは流れに逆らって海岸を目指して歩いた。
さっきまで水族館にいた。海辺に立つ白い建物。イルカのショーが有名なそこに行きたいとねだったのは私だった。
吉野くんがイルカに興味があるかなんて関係なかった。
夏休みに海辺の水族館。デートっぽい所に二人で行きたかっただけだ。
付き合い始めて3ヶ月が経つ。
同じ学校だから帰りは特別な用事がない限り待ち合わせて一緒に帰る。休みの日はデートする。近くだったり遠くだったり。私たちが恋人同士ということを学校の友達も認めている。
なのに。一緒にいても吉野くんは遠くにいた。もちろん話しかければちゃんと答えてくれるし優しい。手もつないでくれる。道を歩く時は今日みたいに車道側に立ってくれる。誕生日にはプレゼントをくれる。でも。
ジャリジャリした感触をサンダルの裏で確かめながら、波打ち際を眺めている吉野くんが遠い。何でかな。
吉野くんには忘れられない人がいる。
そんな噂が密かに流れていた。だから誰とも付き合わないんだって。もったいないよねカッコいいのに。
女子の噂はアテにならない。発信元が曖昧だから。
耳にした時から強く吉野くんを意識した。忘れられない人って誰。聞いてもよくわからない。可愛い子が告白したけど玉砕だって。噂は泳ぎだした。
私の、気持ちも同時に。
じわじわと時間をかけて気持ちを高めた。勢いで伝えたりしない。
私はゆっくりとさりげなく吉野くんに近付いた。そして滑り込んだ。心の中に。
でも、もしかしたらそれは心の隙間だったのかもしれない。
二人で打ち寄せる波を見ていた。
海水浴客が捨てたゴミやら流れ着いた海藻やらで意外ときたない。何かのパッケージが波にさらわれて流れて行った。
「イルカのジャンプすごかったな」
吉野くんが言った。少し嬉しくなる。喜んでくれたんだ。
「あんなに高く跳べるんだね」
ホイッスルと手の合図で水中から一気に跳んだ。水しぶきが3列目まで散った。笑いながら避けたっけ。
「水族館なんて久しぶりに来たな」
うんと小さい頃に親が連れてってくれたらしいけど記憶にない。笑いながら言った。
「ここはクラゲも有名で人気があるんだって。だから一緒に見たかったの」
クラゲコーナーが別にあり、初めて見る種類のクラゲが水槽に泳いでいた。ひらひら、レースみたいに揺れていた。
この3ヶ月、私たちはケンカもしたことがない。仲がいいと言えばそうだけど本当だろうか。ケンカするほど仲が良くないんじゃないか。勘ぐってしまう。
波がまた、行ってしまう。もうすぐ夕暮れだ。
誰を見てるの?
ふと吉野くんに聞いてしまいそうになる。私といるのに遠くにいる。
路線が違うので途中の駅で別れた。
先に吉野くんが電車を降りる。私はこのまま2つ先まで乗る。ホームの吉野くんを探した。足を止めてこちらを見ている。
じゃあね。そう言うのが口の動きで分かった。発車のベルが鳴る。吉野くんは改札に降りる階段に向かった。人並みに紛れて、やがて見えなくなる。
ほら、そっけない。
電車が過ぎるまでは見送ってくれない。私だったら電車が見えなくなるまでホームに立っているけどな。
これは恋だって言い聞かせてるだけじゃないの?恋を、真似てる感じがする。
吉野くんも私も。
2駅だけ目を閉じた。
↑このアルバムの1曲目です。
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