【企画参加作品】ゾンビ1000「2人だけ ~we're all alone~」
駆け込んだ。
奥に灯りがついている。様子をうかがいながら進む。誰もいない。
この界隈は危険地域だ。住民は避難したと聞く。果たして何人がヒトのまま逃げられたかは不明だが。ゾンビ狩りが済んだばかりなので数日は安全と言っていい。
「ごはんがあるよ」
彼女がテーブルを指さした。皿から湯気が立ち、いい匂いが鼻をくすぐる。
「お腹すいちゃった」
家族で夕食を囲んでいた矢先に警報が鳴ったのだろう。彼女は席に着き
「食べちゃおうよ」
そう言ってスプーンを手に持った。僕も従った。
月の綺麗な夜だった。
お互い仕事が忙しくて、久しぶりのデートになるはずだった。
予約したレストランに向かう途中、前から男が歩いてきて2人の間に割り込んだ。酔っぱらいかと顔を見ると浅黒い。口元が緩み涎を垂らしている。
悲鳴を上げる彼女の手を引き、男を振り払ったが僕たちはゾンビ化した男と接触してしまった。
頭上の監視ドローンが派手なアラームを鳴らす。
「濃厚接触濃厚接触!直ちに捕らえよ!」
単調なセリフが繰り返され、周囲が距離を置く。ゾンビと濃厚接触した人間はゾンビ化の恐れがあると判断、捕えられ収監される。その先は誰も知らない。
そんなのごめんだ!僕達は走り出した。
「美味しかったね」
食事を終えソファでくつろいでいた。灯りは消してある。
「これからどうなるのかな」
濃厚接触者。あの時男と触れた部分は彼女の方が多かったように思える。僕は…。
「地元には帰れないよね」
2人とも上京組だった。家族を巻き込むわけにはいかない。
「2人きりか」
つぶやきが宙に取り残される。
「症状が出るとしたらいつ頃かな」
皮膚の変色、脱毛、神経症状の順だと聞いている。最終的には我を忘れ、本能のままにヒトを襲うのだ。それより前に狩られてしまうかもしれない。
カーテン越しに差し込む光に彼女が指先をかざす。左手の薬指に光る指輪は僕が贈ったものだ。
「もし私がゾンビ化したらどうする?」
彼女が僕を見た。抜けるように白い肌。
「あなたのことも分からなくなって襲いかかるよきっと」
「それが僕の可能性もある」
彼女の手を取る。
「大丈夫。僕達は2人だけだ。君さえ一緒ならどうなっても構わない」
肩を抱き寄せる。
「ぎゅっとして」
消えるような彼女の声ごと抱きしめた。
ゾンビ化した男のことなど忘れてしまおう。すべて忘れてしまえばいい。
今ここで彼女を抱きしめていることだけが現実なのだから。
「月がきれいだな」
(完)
★文字カウント996。1000文字に収めるのに苦労しました。
↓こちらの企画に参加させていただきました。