こしあん

小学校3年生の頃、日曜日の早朝に友達と近所の公園に遊びに行きました。
その公園でおじいさんやおばあさん達が、何やらゴルフのようなゲームをやっています。
何してるんだろう?と友達と見ていると、
声をかけてもらい一緒にやらせてもらえることになりました。

番号の書いてある赤と白のボールを
一人一個ずつ持ち玉として2チームに分かれ
スティックという肢の長いハンマーのようなものでボールを打って
ゲートと呼ばれるコの字の鉄の棒が3つ地面に刺してあり
そのゲートを通してポイントを競い合う
ゲートボールというゲームだと
教えてもらいました。

友達は1打目ですぐに第1ゲートを通過しました。
すると審判のおじいさんが
「①番!第一ゲート通過!」と
大きな声で言いました。
周りのおじいさんやおばあさんは友達に
「うまいもんだ!」
「筋が良い!」
「こりゃ期待のエースの登場だ!」と
もう大絶賛で色めきだっていました笑
友達は照れくさそうに頭をポリポリかきました。

一方、僕は全く入りませんでした。
何度打っても真っ直ぐ進まず、
ゲートから外れてしまいます。
その度に周りのみなさんが
「あ〜惜しい」
「大丈夫、次はきっと入るよ」
「よ〜く狙って打ってごらん」と
労いや励まし、助言をしてくれました。
こんなに優しい言葉をかけてもらっているのだから、僕はここでイジけてはいけないと思いました。
本心はとてつもなく悔しかった。

何度も順番が回るうちに、みなさん第一ゲートを通過していきました。
でも、参加者のなかで一番ご年配であろう細身で少し腰の曲がったとっても優しいお顔のおじいさんと僕だけがスタート地点に残りました。
そのおじいさんは僕を励ますでもなく声をかけるでもなく、ずっとニコニコと見守ってそばにいてくれました。

他のみなさんは試合に白熱していき
相手のボールを弾き出したり
仲間を助けたりしながら
熾烈なポイントの取り合いが続き
大変な盛り上がりをみせていました。
試合も終盤に差し掛かった頃...

ついにようやく僕も
第一ゲートを通過することができました!
審判の方が今までよりも一層大きな声で
「②番!!第1ゲート通過!!」
勝ち名乗りのように片手を挙げると
みなさん一斉に拍手しながら近づいてきて
肩をポンポン叩いたり握手したりしながら
「よく頑張ったね!」と言ってくれました。
安堵と喜びと感謝と照れくささと色んな感情が込み上げてきました。
なんだか不思議な気持ちを噛みしめていると、僕とスタート地点に残っていたおじいさんの番が来ました。
するとおじいさんは、綺麗な一直線で
第1ゲートを通過したのです。

そのとき僕はハッとしました。
おじいさんは僕がスタート地点で
一人にならないように
残ってくれていたのだと気づきました。
胸がジーンとして涙がこぼれ落ちそうだった。
おじいさんは僕をちらりと見て
ニコニコ笑っていました。

制限時間がきて試合が終わりました。

みんなで片付けをしてから
それぞれが持ってきたお茶菓子で
お茶会が開かれました。

僕は一緒に残ってくれていた
おじいさんのとなりに座りました。
ある人がそのおじいさんに
おまんじゅうを手渡すとき
「すがぬまさん」と呼んでいました。

みなさんそれぞれにお話をしていると、
すがぬまさんがふいに言いました。

「やっぱり...
つぶあんより...
こしあんがいいわい」

僕は自分が食べているおまんじゅうの中身と
他の人が食べている中身を見比べて
あんこにはつぶとこしがあることを
そのとき初めて知りました。
そして、すがぬまさんは
続けてこう言いました。

「つぶあんは...
歯につまるからいけん」

すがぬまさんは
両手でおまんじゅうを持ちながら
遠くを見つめていました。
その横顔が鮮明に記憶に残っている。

僕はそれから、家にこしあんのおまんじゅうがあればそれを数個を持って行き、毎週末のゲートボールの練習に参加し続けた。

5年生になる頃には、友達とすがぬまさん達と一緒にゲートボールの地区大会で優勝するまでになっていました。
自分で言うのもなんですが、その頃には友達と僕の2人がチームを引っ張るエースでした。

5年生からその友達とバレーボールのクラブチームに入り、徐々にゲートボールに行く回数が減りました。
中学生からはバレーボール部に入り、土日も練習をするようになって、ゲートボールにぱったりと行かなくなりました。

大人になった今でも
手土産に「つぶあん」を買ったことは
一度もない。

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