【心得帖SS】「提出物」は、お早めに!
「最近また、本社の提出物が増えましたねぇ」
京田辺一登の隣机から彼の部下、住道タツヤの少し不満気な声が聞こえて来た。
「…数字が悪いと上職への言い訳が必要になるからな。報告が増えるのは昔からだよ」
「ホント嫌な流れですね。出来なかった理由を探すよりも何が出来るのかを考える方に時間を使って欲しいですよ」
「うっ、全くもって耳が痛い話だな」
過去に本社の複数部署を経験している京田辺が苦笑する。
「まあそれでも、ウチの課は皆んな報告が早くて助かるよ」
他部署ではメンバーの尻を叩くのに苦労しているマネージャーの話を聞いているので、京田辺は感謝の意を伝える。
「時間を置いてしまうと抜けてしまう可能性があるので、依頼が来た瞬間に出来るだけ処理するよう心掛けています」
タツヤは胸を張って言った。
この辺りが、彼を優秀な営業マンたらしめている理由の1つだ。
「私は【リマインダーアプリ】を活用していますね」
京田辺の前に座っている四条畷紗季が、腕に装着したスマートウォッチを指して言った。
「時間になるとアラームと文字が出るので、結構便利ですよ」
「あれ?紗季さんこの前、飲み会の日時思いっ切り間違えてませんでした?」
「…もっとも、最初の入力を間違うとリマインドにならないのよね」
「とうとうドジっ子も公式認定されたのですね…」
まぜっ返したタツヤに、彼女は安定の正論で応える。
「あと、報告を求める側にも注意すべきことが何点かありますよね?」
タツヤの問い掛けに、京田辺はうむと頷いた。
「そうだな、依頼内容の明確化は勿論だけれど、【何故お願いするのか】【報告したものをどのように活用するのか】が明確に示されていれば、気持ち良く報告したくなるものだね」
「たまに〆切と提出書類しかないメールが送られて来ますけど、あれ結構イラッときますよね」
「そう言う人に限って、報告後のフィードバックが全く無くて結構モヤモヤするんですよね」
タツヤと紗季が大きく頷いて同意する。
「まあ何れにせよ、提出物は早めに出すことが大切だと、私は思う訳なんだよ」
京田辺が総括に入った。
「はい」
「そうですね」
2人が頷いたところで本題に入る。
「…ところで、本日夕方〆切の業務目標面談シート、君達2人はまだ未提出なのだが、まさか忘れているなんて事は無いよね?」
「えっ、ままさかぁ…有り得ないですよ」
「あれって来週なのでは…うわっ、見間違ってる!」
2人は額から脂汗を滲ませながら必死に動揺を隠そうとしている。
「最初に決めた〆切だから、キチンと守って欲しい。但し、提出後の追記や修正は今週まで受け付けることにするよ」
京田辺は、彼等の反応に笑いを堪えながら言葉を返した。
「課長、マジ神対応。有難うございます」
「またそうやって私たちを甘やかすのですね…でも、ご配慮感謝いたします」
(この機会に課の提出物管理を体系化することも必要だな。レイコさんに相談してみるか)
総務部課長のバリキャリ女子、忍ヶ丘麗子が席にいる事を確認した京田辺は、立ち上がってそちらに足を向けて行った。
「レイコさん」
「いやヨ」
「まだ何も言ってないんだが」
手元の書類から目を離した麗子は、ブルーライトカットのグラスを外してフンと息を吐いた。
「昔から猫撫で声の一登君に関わるとロクなことが無かったワ」
「そんな事無いだろう。以前はちょっと決算前に引当金の誤処理分を力技で修正してもらったりしただけじゃん」
「それをロクなことが無いと言ってるのヨ」
こめかみに手を当てる麗子。彼女は黙っているとドラマに出て来る女優のような優雅さを身に纏っている。
「…話は分かったワ」
京田辺が概要を説明すると、麗子の眉がやや下がった。
「あっさり、素直だな」
「業務の効率が上がることに反対はしないワ」
ひらひらと手を振って彼女は応える。
「そうネ、この案件ワタシと一登クンで進めてもいいけド、せっかくだから若手メンバーでプロジェクトチーム(PT)を作るのはどうかしラ?」
「PT?そんな大袈裟なものなのか?」
「あら、何事も経験でしョ?それに…」
麗子は妖艶な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ちょうどいいじゃなイ、一登クンお気に入りのサキちゃんが、本当にステージアップできるコなのかどうか、ちゃんと見極めるのにネ」
その含みのある言い方に、京田辺は彼女の方を向いて大きく首肯した。
「確かに、そうだな」