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※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】006「夢の実現」と「問題解決」

「もっと、商談の成約率を上げたい?」
 エレベーターホールで背後から声を掛けられた住道タツヤは、とりあえず彼女の話を聞くために、休憩ルームまで移動してきた。

「はい、最近思うような成績を上げることができなくて……ホント悩んでいるんです」
 パンツスーツ姿の小柄な女性が、ボブカットの髪を揺らしながら、言葉を続けた。
「今までのやり方では良くないことは分かっているんですが、何を変えればいいのか見当が付かなくて……ここは元●●大学陸上部のキャプテンで、今やエース級の活躍をしている若手営業マン、住道タツヤ大先輩にご教示いただこうかと」
「相変わらず調子がいいな、ユキは」
「えへへー、そうですかぁ」
「ちなみに、今のは別に褒めてないからな」
 タツヤの前で悪戯っぽい微笑みを浮かべているのは、営業一課所属の大住有希(おおすみゆき)。
 同じ大学・部活動の先輩後輩関係でもあったので、やりとりも幾分くだけた感じになっている。

「仕事で悩んでいるなら、まずリーダーのチョーさんや、上司の寝屋川課長に聞いて貰えば良いじゃん。何でオレなの?」
「その2人に指示されたんですよぉ、タツヤ先輩に聞いてこいって」
 少し肩を落とした彼女は、冗談ではなく本気で落ち込んでいる様子だ。
「あー分かった分かった。続きは今夜【あじしろ】で聞いてやるから、そんな顔をするなって」


 タツヤが同僚と良く利用している海鮮居酒屋「あじしろ」。
 カウンター奥にある半個室スペースで、ひと通りの注文を終えたタツヤは、有希に向き直って言った。

「これはウチのボス、京田辺課長が良く話していることなんだけど、ユキの悩みを解決するためには、まず【メーカーの役割とは?】という話から始める必要があるんだ」
「はい、宜しくお願いします」
 居住まいを正した彼女に、タツヤは尋ねる。
「ユキが考えている【メーカー】って、何?」
「そうですね……商品を作ってお客さまに販売する会社、というイメージです」
「そうだね、その通り」
 丁度店員のお姉さんが運んで来た生ビールを手に取ったタツヤは、ジョッキに記された某メーカーのブランドロゴを指差す。
「メーカーに取って大切なのは【商品】そして【ブランド】。これらの価値を如何に高めていくことが出来るか、これが我々の重要なミッションなんだ」
「価値を……高める」
「そのためには、お客さまに商品を手に取って貰い、その価値を認めて貰うこと。そして継続して選び続けて貰うことが重要なんだ」
 話が乗ってきたタツヤは、目の前のジョッキを半分ほど空けて言葉を続けた。
「俺がセールス1年目のとき、ウチのボスには、自分の会社が作っている商品が、お客さまの【夢の実現】と【問題解決】を図ることが出来るか、商談の場で丁寧に説明するように、と厳しく教えられたんだ」
「待ってください、ええっと……夢の実現、問題解決……」
 慌ててスマホを取り出した有希は、タツヤが口にしたキーワードを、アプリのメモ機能で書き留めていく。
「ボスは以前、吉野真由美(よしのまゆみ)先生の著書『商品がなくても売れる魔法のセールストーク』に感銘を受けてから、商談の場では必ず実践しているみたいだよ」

 海鮮サラダを菜箸でふた皿に取り分けながら、タツヤはもっと分かりやすい具体例が無いか、頭を巡らせる。
「ほら、最近内臓脂肪を減らすことを謳った商品が増えて来たよね。その商品はメタボが気になる人にとっては【問題解決】となるし、理想の美しい身体を手に入れたい、と考えている人には【夢の実現】になるのさ」
「ホントだ……凄い」
 上手くイメージすることが出来たのか、有希は納得した顔でジンジャーハイボールのグラスを勢い良く空にした。
「あ、すみませんおかわりお願いしまーす!……タツヤ先輩、有難うございました。今の話で少し浮上の糸口が掴めた気がします」
「それは何より……こちらも生1つ追加お願いしまーす!」
 お気に入りの黒枝豆を肴に、生ビールをぐいぐいと傾けていたタツヤは、事務所を出るときに上司の京田辺から預かった追加のアドバイスがあることを思い出した。

「そうそう、2つの手法を使う前には、相手のニーズや困りごとをキチンと掴んでおく必要があるんだ。【魚が全く居ないポイントにいくら釣針を投げ込んでも釣果は上がらない】と言うからね」
「はい……ん?何だか先輩らしくない、親父臭い例え話ですね」
「だから、そこはボスの受け売りなんだって!」
「クールなイケオジ代表の京田辺課長も、やはりウチのボスと同期なんですねぇ……」
 先日の支店懇親会、赤提灯の下で寝屋川と京田辺が笑いながら濃厚なハグを交わしている瞬間を偶然目撃していたタツヤは、先ほどより少しだけ苦みを感じた生ビールのジョッキを、ぐいっと飲み干した。

「それじゃあ、改めて麦酒メーカーの方々へ、感謝の気持ちをカタチにしてみようかな」
 彼の言葉を聞き付けた有希は、元気良く両手をバンザイして店員を呼び止めた。
「お姉さぁん、こちらのイケリーマンに、生ビールを一杯お願いしまーす!」

#創作大賞2024
#お仕事小説部門


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