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※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】008「サーヴァント・リーダーシップ」

「結構、遅くなっちゃったなぁ……」
 誰も居なくなったオフィスの一角で、四条畷紗季はキーボードから手を離した。
 終業のベルが鳴った瞬間、彼女の頭の中に来週提出予定の企画書に関する、ナイスなアイデアが舞い降りて来たのだ。覚えているうちにキリの良い所まで仕上げてしまおう、と頑張っていたところ、いつの間にか夜もとっぷり更けてしまっていた。
 彼女の自宅最寄駅への終電が出発するまで、あと30分弱。

(そろそろ潮時かなぁ……)
 すっかり冷えてしまったタンブラーのカフェオレを啜りつつ、ちょっと口が寂しくなった彼女は、自席の引き出しにお菓子が無かったか、ゴソゴソと探り始めた。
 先週、総務部のおケイからお裾分けで貰った某有名洋菓子店のバターサンドを見つけて「やたっ」と軽くガッツポーズをしたとき、ふと引き出し奥に入っていたクリアファイルに目が留まった。
(……ここにあったんだ、懐かしい)
 自社商品が大きくプリントされたそのクリアファイルを引き出すと、中には片面に文字が印刷された、A4サイズの書類が一枚挟まれていた。
 箇条書きになった文字の一番上のタイトルは、【営業研修に参加された皆さまへ 京田辺一登】


『●●支店営業二課のリーダーを務めている、京田辺です。本日は皆さんの講師役を務めます。短い間ですが、どうぞ宜しくお願いします』
 若手社員向けの営業研修の場で、参加メンバーを前にした京田辺一登は、このように口を開いた。
『言葉だけでは色々と齟齬が生じてしまうかと思ったので、簡単に自分の考えを紙に纏めてきました。ええと……四条畷さん?これをみんなに回して貰えるかな』
『はっ、はい!』
 まだスーツに着られている感じの紗季が、緊張した面持ちでコピー用紙の束を受け取る。
『有難う……そろそろ全員に行き渡ったかな?』
 皆が頷くのを見て、京田辺は話し始める。
『一番上は、私のプロフィールです。いい年した男の個人情報には一切興味無いと思うけど、自己紹介は決まりみたいだから、我慢して見ておいてください』
 幾分自虐的な彼の口調に、女性陣からクスっと笑いが漏れる。

『次は、私の信条……この会社で自分自身が大切にしていることを記しました』
 京田辺の言葉に促されて、紗季はそこに書かれた活字を追い掛ける。

 商品・ブランドを通じて、お客さまの【夢の実現】と【問題解決】に応え続けること。

(まだ私は営業担当者として未熟だから、全てを理解することはできないけれど……なぜだろう、とてもしっくり来る)
 その強いメッセージを、朧げながら受け止めていた彼女は、次の項目を見て更にハテナが増えてしまう。

『そして、私のマネジメントの考え方は、【サーヴァント・リーダーシップ】です』
 京田辺一登はハッキリと言い切って、参加者の顔を見渡した。

(サーヴァント・リーダーシップ?)
 直訳すると【奉仕して導く】となるが、紗季は京田辺自身の解釈を聞くため、耳を傾けた。
『聞き慣れない言葉で申し訳ないですが、この機会に覚えて貰えると嬉しいです。さて、ここにいる皆さんは、ウチの会社に何かしらの魅力を感じて、入って来て貰ったと思っています。そんな皆さんや他のメンバーが持っている能力を最大限引き上げ、進化させることで具体的な成果に繋げたい。自らの利を望んで前に出るのではなく、持ち合わせているモノ全てで皆さんを支えて行きたい。私はそのように考えているのです』
 少しずつ、全員の理解が進むような優しい口調で話を続ける。
『そこで、皆さんにお願いが7つあります……』
 カサリという紙の音で、紗季は現実に戻ってきた。
 手にした書類には、記憶の中の京田辺が話していた、【7つのお願い】が記されている。

①上職を「上手く」活用する
②変化や困難を「楽しむ」
③「軸」をブラさない
④「真の原因」を探る
⑤「攻める」営業担当者になる
⑥「ベクトル」を合わせる
⑦「ちゃんと」する!

 京田辺が講師を務めた若手社員研修から、6年が経過した。
 正直に言って、紗季もこの7項目全てを、完璧に実践出来ている訳ではない。
 但し、それなりに経験と知識を積み上げてきた自負はあるので、どこかの機会に改めて彼のレクチャーを受けて見たいと思っていた。

(私が特に好きなのは、⑦の最後に書かれた言葉なんだよなぁ)
 7つの項目には、それぞれ補足となる言葉が付記されているが、⑦「ちゃんと」する!の最後にはこう書かれていた。

【stay cool】ハートは熱く、頭はクールに!

(昔の京田辺課長、言葉選びがもの凄くイケメンだったのよねぇ)
 噂では、講師京田辺のファンクラブも存在していたらしい。
 その力強いメッセージと、本気でヒトを育てたい、という想いが伝わったのか、京田辺一登の影響を受けた若手社員達は現在、全国様々な部署で目覚ましい活躍を見せている。
「……わたしも、【京田辺チルドレン】と、胸を張って言えるように頑張らなきゃ」

「四条畷さん、そろそろ締めないと帰れなくなるよ」
「はい、分かりました……って、えええ課長、いつから事務所に居たんですかぁ!」
 紗季の絶叫が響く中、京田辺はデスク上に置かれた出張鞄から、大量の書類を取り出しながら応えた。
「ついさっき、本社からここに帰ってきたところだよ。週明けの月曜日から重い書類を下げて会社に来たくなかったからね」
 全く、ペーパーレスの時代に逆行しているなぁ、とブツブツ文句を言っている彼から、真っ赤になった顔をバッと逸らした紗季。
(……良かった、多分聞かれてない)

「さあ帰るか……なんだ、随分懐かしいものを見ているんだな」
 紗季が手にしていた書類を目にした京田辺は、照れ臭そうに微笑む。
 その時、紗季の頭にキラン、と光が灯った。
「……課長、このあとおヒマですか?」
「いや、これから終電で家に帰るよ。四条畷さんも同じ時間だろ?」
 出張疲れもあってたじろぐ京田辺に、悪戯っぽい笑顔を向けた紗季は話を続ける。
「私、久しぶりに課長から【7つのお願い】のレクチャーを受けたいです。今から【あじしろ】に行きましょう」
 金曜日は始発まで営業している居酒屋の名前を出して、ずいっと距離を詰めてくる紗季。
「大丈夫です、課長には指一本触れませんから!」
「お前、深夜のテンションで言葉選びがおかしくなってないかっ!」


 その後結局、自宅で就寝しようとしていたタツヤも紗季に呼び出され、3人は大量のアルコールと共に、生産性の高い(低い?)議論を、朝まで積み重ねたのだった。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門


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