【心得帖SS】出張ことりっぷ
新幹線のホームに降り立った四条畷紗季は、左腕を軽く上げてスマートウォッチの時刻を確認した。
(待ち合わせ時間まで、あと30分くらいかな)
「よし、それなら半目ニャンコちゃんのカプセルコーナーに…」
「お待たせしました。紗季さんやっぱり早いですね。少し前倒しで来ておいて正解でした」
ジャケットの裾を靡かせながら、本社商品開発部の祝園由香里が手を振って歩いてくる。
「あ、よっ宜しくねっ」
「ええ、何故小銭を握りしめながら泣きそうな顔をしているんですか⁈」
『開発担当者×営業担当者交流会、ですか?』
紗季の上司である京田辺一登からひと通りの説明を受けた紗季は、きょとんと首を傾げた。
『最近開催されていなかったからな、違和感があるのは仕方ないか』
京田辺は手元のクリアファイルから数枚書類を取り出して彼女に渡した。
『元々は開発の御幣島と私で始めたプライベートの交流会がオフィシャルになった感じだな。要するにお互い言いたい事を言う座談会みたいなものと考えて貰っていい』
『なるほど、座談会…いいですね』
『詳細は商品開発部から追って案内が来る。支店の代表として思いを伝えて来て欲しい』
『はい、分かりました』
紗季は力強く頷いた。
『夜は意見交換会もあるので、出張でお願いしたい。それまでの仕事の段取りも含めて宜しく』
「わっ、紗季さんそのリュック凄くカッコいいですね」
由香里は紗季が背負っている北欧ブランドのバックパックを指して言った。
「有難う。買ったのは少し前だったけどなかなか出番が無くてね。この出張でようやく日の目が出たよ」
1泊2日程度であれば、モバイルPC含めて充分収納できるこのカバンは、彼女が前々から目を付けていたものだ。
実際の使い勝手も非常に良く、早くもワタシ的お気に入りアイテムのベスト5にランクインしている。
「由香里ちゃんは仕事で出張多いから、パッキングとかは慣れたものだよね?」
「そんなことないですよ。最近は結構日帰りが多いですし」
「そうなんだ。私はあまり出張慣れしていないから準備に手間取ったよ」
荷造りが終わったのは午前1時半を回っていたので、結構な寝不足状態である。
「由香里ちゃんが便利だなと思った出張アイテムってあるかな?」
「そうですね…」
暫く考え込んだ由香里は、やがてポンと手を打った。
「じゃあ紗季さん、100円ショップに行きましょうか」
「これは確かにいいわね」
初日の座談会が終わったあと、由香里と夜カフェで話し込んでいた紗季は、21時頃ホテルに戻ってきた。お風呂にお湯を貯めている間、昼間100均で購入した【トラベル衣類圧縮袋】を試してみることにした。
手動で空気を抜くのに若干力が必要だが、衣類の容積が半分以下になるため、リュック内の空きスペースが相当拡がったのだ。
「もっと早く買えば良かったなぁ」
存在は知っていたが、活用する機会が無かったので購入を見送っていたのだ。
お湯が張り終わったあと、自宅から持って来たお気に入りのバスソルトを放り込み、シャワーを浴びてバスタブに浸かる。
ほうと息を吐いた彼女は、ぼうっと思考を漂わせていった。
(課のお土産、何にしようかなぁ)
由香里から聞いたお土産リストを頭の中でチェックしていく。それが終わると本日の振り返りタイム。
(交流会では、昨年までと比べて自分の意見を上手く伝えられたという手応えがあった。少しずつだけれど、私も成長しているのかな)
その成長を後押ししてくれた上司に感謝しながら、紗季は先日前葉体を探しに行ったとき、京田辺から聞いた内容を思い出していた。
(…課長、まだ悪夢を見ているのかなぁ)
彼女の髪の毛を伝った水滴が、お湯の表面に落ちて波紋が拡がっていく。
「…ゆっくり熟睡して貰いたいときには、どうしたら良いのかなぁ」