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【心得帖SS】(最終回)それぞれの「ミライ」を描いてみよう!

「オレたち…付き合おうか?」
いつもの早朝ランニングが終わったあと、身の回り品を片付けていた大住有希に、住道タツヤが声を掛けた。


「えっ?ウソ…本当に?」
反射的に聞き返した有希。
斜め上を向いているタツヤは、少し不機嫌そうに言った。
「返事は?YES・NO?」
「…もぉしょうがないなぁ。タツヤ先輩どれだけ私のこと好きなんですかぁ?」
「おいおい有希サン、台詞と表情が一致していないぞ」
でへへとだらし無く表情を緩ませた有希は、タツヤの指摘で我に返ってコホンと咳をした。
「先輩は昔から女性にもの凄くモテていたのに、オンナゴコロを全く分かっていませんね」
「おい喧嘩売ってるのかコラ」
タツヤが振り翳した腕を躱しながら、有希は彼の側面に回り込む。
「朝ラン後でお互い汗だくな状況なのに、告白するなんてセンスを疑いますよ」
「うっ…確かに」


「だから、今回はこれで勘弁してあげます」

そして、無防備な彼の頬に、軽く口付けをした。


「…手を、繋いでいますね」
突然背後から聞こえた声に、タツヤと有希はバッと手を離した。

「そうですか、お2人はお付き合いを始めたのですね」
眼鏡の奥をキラリと光らせて、星田敬子が話を続けた。
「風のウワサで、住道さんは私のようなタイプが好みと伺っていたのですが…」
「はいその通りです。間違いありません」
「ちょっと先輩!交際初日から何堂々と浮気宣言してるんですかっ!」
「いやいや、ユキは妹的な恋人枠だから」
「それ全く意味が分かりませんよっ!」
夫婦漫才のような2人の掛け合いに、敬子はふふふと微笑った。
「冗談よ冗談。お2人の邪魔をするつもりは無いので安心してね」
ただし、と眼鏡の奥をギラつかせて話を続ける。

「タツヤ君と京田辺課長、もしくはチョーさんとのカップリングだったら、全力で推させて貰うわ。夢腐腐腐腐っ…」

「…さ、会社に遅れるから早く行こうか」
「…そ、そうですね」
何やら妄想の沼にハマっている敬子を放置して、タツヤと有希はオフィスビルへと足を向けた。


「大分片付きましたね」
軽くなった引き出しを見て、隣課の新入社員、藤阪綾音が紗季に声を掛けた。
「元々会社の書類より個人のモノが多かったからね。本社には持って行けそうもないのでこれを機に流行りの断捨離ってヤツをやってみましたよ」
むんと胸を張る紗季。
彼女の後ろからそおっと近付いてきた有希が、綾音にこそっと耳打ちした。
(紗季先輩の机にあった半目猫のフィギュアを全て纏めたら段ボール1箱分くらいになったので、急遽向こうの新居に送ることにしたみたいよ)
(あ、そうなのですね)
「はいはいそこ、コソコソ先輩の悪口言わない」
紗季の突っ込みにあははと笑っていた綾音の瞳から、ポロッと涙が溢れる。
「やっぱり…紗季先輩が居なくなるのは寂しいです」
「…私も、淋しい」
彼女の涙につられて有希も俯いてしまう。
「綾音ちゃん、ユキちゃん」
そんな2人の後輩を、紗季は優しく抱きしめた。
「わたし、頑張るから。落ち着いたらまた女子会しようね」


「その女子会、私も参加して良いかしら?」
手に小さな箱を持った星田敬子が、女子3人のかたまり(笑)に声を掛けた。
「もちろんよ、おケイ」
「はい、ぜひぜひお願いします」
「敬子先輩も参加されたら、更に女子力が上乗せされますねぇ」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
快諾の言葉に嬉しそうな表情を浮かべる敬子。
「ところでおケイは私に用があったのかな?」
「そうそう、新部署の名刺を準備しておいたから、忘れないように持って行ってね」
「有難う、助かるわ」
敬子から名刺の入った紙箱を受け取った紗季は、早速今週の業務引継から使用するために中身を取り出して…はたと固まった。


「え…担当…課長?」

今まで空白であった名刺の役職欄に、担当課長という文字が印刷されている。

「コラコラ敬子チャン、正式な通達前に渡したらダメでしょウ!」
珍しく片眉を吊り上げて怒っている忍ヶ丘麗子は、名刺を持ったまま固まっている紗季に声を掛けた。
「紗季チャン、ゴメンナサイ。本社役員の個人的な事情で経営職登用の決裁が滞ってしまったのデ、人事異動より遅れての通知となってしまったみたいなノ」
「…経営職、登用?」
「貴女は既に有資格者だったかラ、このタイミングで登用されるのがベストだとは思っていたけド…ハハァ、さては一登クンネ」
麗子の言葉を聞いて、紗季はたたっとフロアの外に駆け出して行った。


「…よくここが分かったね、新課長サン」
ビルの屋上で手摺にもたれていた京田辺一登は、一気に階段を駆け上がった反動から肩で息をしている紗季に話し掛けた。


「…かくれんぼのオニ役は…昔から得意でしたので…」
ゼエゼエ言っている彼女に、手に持っていた未開封のペットボトルを渡した京田辺は、細かい説明は不用とばかりに話を切り出した。
「本社という組織は色々な意味で戦場だから、使える肩書は持っておいた方が良い、と思ってね」
「…それは、得意の甘やかしですか?」
「人聞きの悪い。正当な権利の行使だよ」
「本当に食えない人ですね。でもそんなところが大好きです」
ペットボトルの水を一気に煽った紗季は、ハンカチで丁寧に口を拭ったあと言った。

「3年後、もう一度プロポーズします」

びしっと京田辺を指差した紗季は、腰に手を当てて宣言した。
「課長の予想を上回るくらい、仕事でも女性としても成長して、今度は必ず貴方を落としてみせます!」


顔を真っ赤にさせて自分を指差している彼女を見て、京田辺はくしゃっと表情を崩した。
「分かった。受けて立とう、紗季ちゃん!」
「ふふっ、今度は負けませんよ」
2人は顔を見合わせて笑った。


「…蜜月の時間は終わったかな?」
その時、給水塔の陰から恰幅の良い男性が近付いてきた。
「ああ、お待たせ慎司」
「寝屋川課長…覗きなんて趣味が悪いですね」
良い感じの雰囲気を邪魔された紗季は、ムッとして彼を睨み付ける。

「紗季ちゃん、慎司は新しい上司になるんだから、いきなり喧嘩しちゃダメだよ」
「はぁそうですか…えっ?上司って、寝屋川課長も本社に異動なのですか?」
「うん、実は例の役員都合によって、経営職の内示も延期されていたのでね…」
彼女の問い掛けに、スーツの内ポケットをゴソゴソ探り始めた寝屋川は、やがて1枚の名刺を取り出した。
「マーケティング部【副部長】の寝屋川慎司だ。ヨロシクね、四条畷課長!」
「あっハイ、宜しくお願いします」
「何それ軽っ!もっと驚いてヨっ!」
いきなりオネェのように腰をクネクネし始めた寝屋川を見て、京田辺と紗季は思わず吹き出した。


京田辺一登と四条畷紗季。
2人の師弟関係は、紗季の本社栄転によってひとまずの区切りが付いた。
これから夫々のミライはどのように描かれていくのか、再び重ね合わさることはあるのか。

ものがたりの続きは、またの機会という事で。


【京田辺一登の心得帖】 了

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