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【小説】「straight」093
「ゴメン真深、ちゃちい小細工使うよ!」
そう叫んだ柚香は、気合で早めのスパートを掛けた。
(何っ?!)
聖ハイロウズ学園の第四区ランナー、諸積遥果(もろずみはるか)は、一気に差を詰めてきた柚香に戸惑った。
慌てて現在地点を確認する。
(スパートするには早い、どうして?!)
まだ1キロを少し過ぎた地点だったが、柚香の姿はぐんぐん迫っている。
(くっ、抜かれる)
そう思った彼女は、慌てて抜かれた時背中に貼り付いていく体勢を整えた。
しかし、いつまで経っても彼女は現れない。
「……何なの?!」
ちらっと後ろを振り返った諸積は、思わず戦慄を覚えた。
彼女の後ろ、ちょうど2メートルの所に、余裕の表情を浮かべた柚香がいる。
まるで、いつでも抜かせるわと言わんばかりに。
「くっ!」
その姿に、何とも言えない恐怖心を覚えた諸積は、震える両足に活を入れて、また正面を向いた。
(ふーっ、きっつー)
100メートル近く全力疾走してきた柚香は、額から流れる汗をさりげなく拭った。
(心臓がバクバク言って、口から飛び出そう)
しかし、そんな辛そうな表情は全く見せず、彼女は平然と走りを進めた。
(伊達に何年も、ポーカーフェイスをやってるんじゃないわ。
勝負は、これからよっ)