【小説】「インベンションマン」016
一瞬、覆面男を訝しげに眺めた愛唯だったが、彼が戦闘態勢に入っているので、これは味方だと判断し、後ろに下がった。
その様子に安心した春都は、左手首を前に起こした。
時計の文字盤が左右に分かれて、中から小型カメラが現れる。
(ナタリー、敵の戦力分析開始)
一瞬の瞬きの後、答えが返って来る。
『右手ニさばいばるないふ、ソノタ刃物、トビ道具、爆発物等ノ気配ナシ』
「うっしゃ!」
春都は、心臓の前で右拳をぐっと握りしめた。
充分に気を溜め、一気に前へ突き出す。
ドライバーズグローブの手の平に仕込んだ発射口から、圧縮された空気が「気弾」となって影に襲いかかる。
小型車なら軽く吹っ飛ばす程の威力がある気弾をまともにくらった影は、空中を十数メートル吹っ飛び、背中から壁に叩きつけられた。
「やったか?」
そう確信した春都は次の瞬間、全身に戦慄が走った。
平然と身を起こした影は、予備動作無しでナイフを横に払ったのだ。
咄嗟のダッキングでその切っ先を紙一重で躱かわし、第2弾を発射する。
至近距離で顔面に命中したので、影の頭が変な方向にねじ曲がった。
「うえ」
春都は思わず呻いた。
影は、頭部が背中についた格好のまま、こちらを睨み付けていたのだ。
彼の動きが止まった次の瞬間、恐ろしい跳躍を見せた影は、そのまま非常階段のドアを突き破った。
『補足説明』
ナタリーの声が現れる。
『イマノ影ニハ、生体反応ガナカッタ』
(つまり、この世の者ではない、って事だな)
先程までの戦いを振り返って、春都は納得した。
(それじゃあ、遠慮は要らないな!)
「追跡する、トドメを刺すぞ」
春都は、廊下の端でカメラを握りしめ座っている愛唯に向き直った。
「君は危険だ。一旦下に降りて、警察を呼んでくれ」
「……あ、はい」
無言でボーッとしていた彼女は、慌てて居住まいを正した。
その様子を見て安心した春都は、軽く飛び上がって廊下の壁を蹴った。
弾かれるように、非常階段に突入していく。