【小説】「straight」104
目の前に、大きなトラックフィールドが広がっている。
光璃が競技場に入った瞬間、スタンドから大きな拍手と歓声が響いてきた。
「何だ、急に人数が増えたんじゃないか?」
あまりの声援に、営業課長は驚いて腰を浮かした。
何故こんなに人が集まったのか?
それは、テレビ中継の効果であった。
中継車まで動員した大手民放は、レギュラー番組を急遽取りやめ、全国に桔梗女子VS聖ハイロウズ学園の熱戦を放映したのだ。
テレビを見ていた人達の目に、ハイロウズの汚い裏工作と、それでも立ち向かっていく桔梗女子の有志が映し出されていく。
その結果、熱戦を間近で見ようと競技場に近い人達が詰めかけ、光璃が入ってきた時、それは最高潮に達したのだった。
割れんばかりの歓声を一身に受け止めた光璃だったが、ペースは全く変わらなかった。
いや、今の彼女は何も聞こえていない。
コースすら見えていない。
ただただ、目前の自分の残影を追いかけているだけなのだ。
(楽しい)
大空に漂いながら、光璃は一人夢見ごちた。
(このままずっと、走り続けていたい。
まっすぐ、まっすぐと)
彼女の視線の先に、悠生の姿が浮かんで来た。
彼の優しい笑顔に、光璃の顔も自然と綻んで来る。
「澤内さん!」
光璃は、彼の方に向かって叫んだ。
(ありがとう、鳥のお兄ちゃん。
わたしも、鳥になれたよ……)
その瞬間、彼女の前の視界がパアンと割れた。
ガラスの破片の様に飛び散っていく今迄の風景の中から、新しい世界が現れる。
目の前から現れた白いゴールテープを、光璃は無心で切った。
勢いが付いたまま、彼女は走りを止めない。
その先に、帽子を目深に被った男性が立っていた。
彼は、思い切り飛び込んで来た彼女をふわっと優しく受け止める。
弾みで、彼の頭から帽子が飛び、くるくるっと宙を舞った。
佐山光璃が、ゴールして一番に胸に飛び込むと決めた相手。
澤内悠生が、そこにいた。
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