【小説】「インベンションマン」012
その数十分前。
銀閣2号棟の渡り廊下に、秋希達4人が張り込んでいた。
「まだ早いからって、気を抜かない様に」
アーミールックに身を固めた夏純は、首に掛けていたヘッドホンを外して言った。
「相手がプロの変態クンなら、集中力が散漫になるこの時間を狙って来てもおかしくないからね」
「はいっ!」
夏純の格好があまりにハマっている為、思わずうっとりとしていた後輩二人が、慌てて姿勢を正す。
「じゃあ、手分けして張り込みましょう」
こちらは体操着姿の秋希が、みんなに呼びかけた。
それを聞いた夏純は、ニヤニヤ笑って言う。
「自由行動だからって、ハルちゃん連れ込んだら駄目よ」
「な、なに馬鹿言ってんのよ!」
えーそうなんですかぁ、と黄色い声を上げる後輩達の前で、秋希は真っ赤になって抗議した。
「私を茶化してる暇があったら、さっさと警備を始めなさい」
「へーい」
三人は、自分の持ち場に向かう。
それを見て、秋希も階段を昇り始めた。
彼女の担当は、自分が予測した地点……2階である。
連続して起こった下着泥棒事件の影響で、現在洗濯物を戸外に吊るすという、無防備な女生徒は居なくなった。
しかし、室内にある乾燥機の絶対数が不足している為、生徒のほとんどは室内に洗濯ロープを張って下着を干している。
そして、そのまま部屋を空けてしまう。
補習や夜間講習の多い特進クラスの生徒は、特にこの傾向にあった。
「ここも留守か……」
明かりの消えたドアの窓を覗き込んで、秋希は呟いた。
もう11時を回ろうとしているのに、この階はほとんど人気が感じられない。
「こんな時間に、みんなどこ行ってるのだろう」
この時間、彼女なら風呂上がりの髪を乾かしながらニュース●●を観ている時間だ。
少し眠気を覚えた秋希は、軽く頬を張って気合を入れ直した。
その時、右手前の角部屋から、明らかに不自然な物音が聞こえた。
「!」
全身に電気が走った秋希は、慎重にその部屋へと向かう。
ドアに耳を押し当ててみると、何者かが室内を歩き回っている音が聴こえた。
室内灯は点いていないのに、だ。
「当たり……かな」
秋希は、腕時計に内蔵された発信機に指を数秒押し当てた。
これで、夏純達に緊急事態を告げるビーコンが送られる筈である。
「それじゃあ、無理のない程度に頑張りますか」
背中のディバックから『小型のシェーバー』のようなものを出した彼女は、慎重にドアノブを握りしめた。
「3、2、1、GO!」
室内に飛び込んだ秋希は、電灯のスイッチを探す手を止め、横っ飛びに飛び退いた。
今まで彼女が居た空間を、鋭い風が吹き抜ける。
素早く起き上がり、呼吸と体勢を整えた秋希は、影に向かって突進する。
すれ違いざま、右手を思い切り前方に突きつけた。
バチッという音と共に、室内に焦げ臭い匂いが広がる。
「女だと思って、あまり舐めないでよね」
「……」
一瞬怯んだかに見えた影は、次の瞬間くるっと向きを変え、ベランダへと突進していった。
「しまった!」
設定を最大値にしていたため、一撃でバッテリーが空になったスタンガンを投げ捨てた彼女は、慌てて窓際に駆け寄る。
しかし、既に犯人の姿は見えなくなっていた。
「夏純ちゃんゴメン、逃がしたっ!」
レシーバーに取りついた秋希の耳に、幾分興奮した夏純の声が飛び込んで来た。
『いま左が追っている。ホシは屋根伝いに逃げるつもりよっ!』