漢字で書けますか? 「ゴキブリは、台所に【へんざい】している。」
決して上から訊いているわけではなく、僕自身が今日まで知らなかったので、はじめて知った感動から問うています。
ひょっとしたら大部分の方が「知らいでか!」とお笑いになるどころか、誤用の代表例の一つとよく認識しておられるのかも。あるいは、中学何年生かの頃に、朝の漢字小テストの答え合わせの時間、ほじくり出した鼻くその大きさに驚いてその処理に困っていた僕が、たまたま「へんざい」の解説を聞きそびれて以来、不幸にして今日まで誤りに気付く機会がなかったのかもしれない。
ネットの書き込みでよく見かける誤用が「確率」と「確立」。これを見つけてはほくそ笑んでいた僕が、いまは恥ずかしい。
そういえば、高校時代に当時のガールフレンドに宛てて書いた手紙が、何らかの事情で出せないまま手元に残っていたのを、大人になったある日、物置を整理していて見つけたのを思い出した。
カッコつけて一人称は「俺」。二人称は「お前」。筆跡は、僕のハンドライティング歴で明らかに定義づけられる「丸文字」時代。まぎれもなく、僕自身の手になるものだ(そうそう、思い出した。日本語の一人称、二人称の呼び方についても、いずれ調べて、他日ここで論じたい)。
高校当時の僕は、何様!と思うくらい、内なる気位が高かった。「イキって」いた。いや、社会に対してとんがっていられるほど腹の据わった、標準語でいう「粋がり」ではなく、調子に乗ってカッコつけているという意味の、関西弁でいう「イキり」の方だ。ううむ、しかし「虚勢を張っている」という意味では、どちらの表現も当てはまるか。
いずれにしても、人の目を気にかけない、人がどう見ているかを知らないことで、どれほど自分のプライドが傷つけられずに調子に乗っていられたことか(笑)。
ましてや僕は、ある意味ある部分に限っては突き抜けていたので、面白いことに周りの半分の人の目には、一端の(いっぱしの。ひとかどではない)人物に映っていたようだ。半面、あと半分の人には、慧眼にてその薄い虚勢を透かして人物を見抜かれていたのではないかと思う。ともかくもそんな脳天気な性分は、その先当分の間、僕の人生を彩ってくれた。
彼女にとって頼りがいのある男を演出しなくてはならぬと、同級生のくせに特別にイキる僕。下手なバンドの、なんちゃってキーボーディストもやっていた僕は、なんちゃって作詞作曲も手掛ける。彼女になんちゃって歌詞もプレゼントする臆面のなさだ。
そんな、イキりの僕に誤字など許されるはずがない。しかし、「一緒」という言葉は、自動変換のインターネット環境などない時代も恋人同士のコミュニケーションにおける頻出語のひとつだ。輪ゴムで束ねた当時の手紙のうち、出しそびれたとみえる数通に目を通すと「お前と一諸にいたいけれど、俺もバンドが忙しくて」「いつかお前と一諸に行きたい」「他の男たちと一諸にしないでくれ」など、見なければ知らずに済んだ人生の汚点が次々と色鮮やかによみがえってきた。
彼女からの返事。さりげなく「日曜日は夕方まで一緒にいようね」「うん、いつか一緒に行きたい」「一緒になんか、してないよ」……と、素敵な気遣いで修正してくれている。
ハズい。
見るんじゃなかった。
さて、見たくないものといえば、ゴキブリ。僕は、「偏在」「遍在」ふたつのへんざいがあることを今日まで知らなかった。「普遍的」とキーボードで打った時に、「あれ、普遍って、どこにでもという意味のはず……。偏在って、偏っているって意味やんなあ……。あっ! 字が違う! うわ、まじか」と、気づいた次第。
【遍在】広くあちこちにゆきわたって存在すること。
【偏在】ある場所に固まって存在していること。
ゴキブリは台所に【へんざい】している。さて、あなたのお家のゴキブリは、どっち? 「一諸に」考えてみませんか。
読んでいただき、ありがとうございました。
今神栗八