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カキオコに見る代替わり・味替わり


カキオコという食べものをご存じだろうか。

牡蠣をたっぷりトッピングしたお好み焼きのことで、岡山県日生(ひなせ)という漁師町のそれが有名で、町内にはカキオコのお店が20店くらいある。トッピングといっても、巷のお好み焼き店で見かける「牡蠣入りお好み焼き」とはボリュームが違う。表面すべてに牡蠣が敷き詰められる。牡蠣好きの僕はシーズンに2回くらいは、カキオコを目的に、電車で車で日生を訪れる。

今シーズンは自粛していたが、近畿圏の緊急事態宣言も解除されたので、先日、人混みを避けて、大阪都心部とは反対方面である日生へ、友人と二人で出かけた。


毎年通っていると、特に美味しい、お気に入りの店と、それほどではない店がわかってくる。カキオコはボリュームがあるので、ハシゴして食べ歩くというわけにいかず、遠征1回につき1軒開拓するにとどまる。

そのお気に入りの店には、3年ほど行っていなかったと思う。今回はじめて日生を訪れたその友人には、新規のお店ではなく、「テッパン」のお店の鉄板で焼いたカキオコを食べさせたかったので、迷わずその店へ直行。

結果から言えば、前回まで毎回満足していた、あの味では、なかった。

カキオコのお店では、大きな鉄板の前で(多くの場合)おばさんが焼いている。流行っているお店では二人立つこともある。もちろん生地の配合や牡蠣の水分含有量など、ほかの要因もあるだろうが、そのおばさん(ここではリスペクトして仮に「おかみ」と言ってみる)の調理によってお店の味が決まる。

今回、僕らの前に出されたのは、前回までとちがって、若女将(という言い方が適切かわからないが)が焼いたカキオコだった。以前のおかみはお店にはいたが、テーブル椅子席の客に、えっちらおっちらカキオコを運ぶ役割に徹していた。

店を出てからおずおずと友人に聞くと、友人の意見も僕とおおむね同じで、「まずくはないけれど……」といったものだった。時折、人が口にする「あのお店、味が変わってしまったね……」という言葉の裏に漂う寂寥感を、僕は感じた。来シーズン、僕はもう一度だけそのお店に行ってみて、やっぱりその時も今回と同じ味ならば、もうそのお店には行かないかもしれない。

流行っている店では、「味を変えない」というのが大きな挑戦なのだろう。

これはカキオコ店だけではなく、全業種に敷衍できる。

特に代替わりの時、引き継ぐ側はとかく若くて、鼻息荒く新風を吹き込みたがる。新味を出したがる。お店や会社が従来のやり方でどうにもならず行き詰まっているのなら、是非もなく新商品、新規軸へと活路を切り開いていかなければならないが、そうでないなら、万事そんなに急いで変化させるべきではない……と、これは、僕自身が事業承継の時に経営コンサルタントの先生に口を酸っぱくして言われたことだ。

スタッフも取引先も、そしてお客様も、先代のやり方に馴染んでいて安定しているのだ。みんな、急な変化は望んでいない。

まずは、承継後もなお、先代のやり方をじっくり学び、本質を掴む。つぎに、かなり経ってから先代のやり方をアレンジしたり、新しいやり方を試みる。それからだ、本格的に自分なりのやり方を展開するのは。

これを、能の奥義から引いて「守・破・離(しゅ・は・り)」という……と、これまた若い頃、セミナーか何かで人生の先輩のどなたかから学んだことだ。若いうちはしばらく「守る」に体重をかけておいた方がよいということを言っているんだろう。

利害関係者は、代替わりに際しては、「変化すること」ではなく、「変化しないこと」を求めているんだ。

これ、小説やドラマの脚本だとまったく逆になる(笑) 読者や視聴者という利害関係者は、めちゃめちゃ変化を求める。変化をもたらすのが何であるかはともかく、その変化がちょっとずつ軋轢を生むか、しっちゃかめっちゃかに混乱させるか、ぐんぐん良くなったように見せかけて、頂点から一気に奈落へ落とすか、そのいずれかである。すべて、悪い方に乱れる。そして乱れれば乱れるほど、読者視聴者は喜ぶのだ。

フィクションは、現実では成り立たない世界を描いてカタルシスをもたらす。鬱積した欲求不満をフィクションの中で発散して溜飲を下げる。逆に言えば、それは現実社会へのアンチテーゼなんだ。これをエンターテインメントという。

半沢直樹は、現実社会の住人ではない。ヒエラルキーをあまり急にひっくり返すのは、現実的ではない。そんな当たり前のことを、ひょっとしたら、ちょっとわかってなかったかもしれない昔日の僕。現実とフィクションをたっぷり混同していたかもしれない僕。コンサルの先生が諌めてくれていなかったら……と考えると、今でもゾッとする。

銀行の担当者や、業界の長が来賓として居並ぶ中で、二代目が挨拶する機会がもしあるならば、こう言うのが良い。

「先代のやってきたことを学び、それを愚直に守り続けていく所存です」

これが正解だと僕は思う(笑)

あーあ、それにしても何かの間違いであってほしい。旨いカキオコ、食べたいなあ。


読んでくださり、ありがとうございました。

今神栗八

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