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ちょっとした送別会とPDF
別れというのは、何度やっても慣れない。大概の出逢いに緊張が同伴するように、やはり別れには寂寥が付随してくる。
直近の別れといえば何だろう。
大学の卒業式か。よかったなアレ。両親も、少し遠くに住む祖母まで来てくれて。大学時代の同期と後輩たちとが内混ぜになった集合写真はいつまでも僕の宝物だろうな。
まさしく、今までその場所で「何を為してきたか、そして何を為さなかったか」の集大成というか。結果なんだと思う。何かしらの最後だったり、別れだったりというものは。
余談だが卒業式といえば、母校(高校)の卒業式にも招待された。ありがたいことだ。けれど流石にまだ高校三年生に偉そうなことを言えるような立場ではないような気がしてお断りした。まだ教育実習の先生を卒業して一年目だし。来年は行けるといいな。
さて。
僕の働いている場所は実に面白く、よく異動がある。その平均期間は約半年。異動があるということはつまり「働く環境が変わる」ことに他ならない。
社会一年目だというのにもう2度目の引っ越しをした同期も結構多かったりする。まったく大変な話である。
僕はといえば結局半年での異動はなく、ぬくぬくと過ごしていたがだいたい入社一年が経ったタイミングで社命が下った。
今回はその折に思ったことを書こうと思う。
ーーー
よく、同期たちが別れに際して
「悲しい」
「寂しい」
「離れたくない」という言葉を発しているのが不思議だった。
なぜなら、たとえば学校とは違って職場とは「働く場所」であるから。
そこに過剰な思い入れも、マイナスに感情を振らせることも、不必要だと。
こうして文に起こしてみればびっくりするほど冷酷なようで、何だかそれも違うような気はするが。
むろん、僕にとって最初の職場のメンバーは大事なものではあった。この業界において何の知識もない状態の新卒からすれば、歳など関係なく全員が師匠であり、父であり母のようなもの。
この人たちに育ててもらったという意識だって、感謝もたくさん。けれど、ほとんどの異動を経験した同期たちのような気分にはどうしてもなれなさそうな気がしていた。
職場に存在するのは例えばともに働くパートナーであって、仕事を教わる上司であって、協力してもらえる部下(というほど偉くなったつもりはないが)であって、友達ではない。友達でなければ、むろん家族でもないし、プライベートだって晒すべきではない。
そのように考えていた時期が、僕にはあった。
でもまあ、ここまで読んでくださっているみなさんが容易に思いつくのと同じような結末を、結局のところ僕は迎えることになる。
まあ、最終日はなんだかんだ寂しくなっていた。
正直なところ、異動の一週間前になってもまだ実感は湧かなかった。けれど、当日になってようやく。
もう少し噛み砕くことをよしとするのならば、最終日の退勤後にちょっとした送別会を開いてもらって、その後に揺れる阪神電車でみんなからのメッセージをめくるたびに、細雪が少しずつ地面を白くしていくように,どんどんと寂しさは積もっていった。
約一年。
長いような。短いような。
何も考えずとも最寄駅で降りるようになったし、近くの花屋さんの店員さんとは顔馴染みになったし、近隣の温泉は全て制覇するくらいの期間ではあった。店のBGMが家でも鳴っているような気がして若干ノイローゼ気味にもなれば、できる限り職場を目に入れたくないが為に下を向き続けたくて本を読み耽ったこともあった。
最初は何にも分からずに随分といろんなことを聞いた。くだらないことも再三聞き直した。
少し慣れてきて、まったく小生意気なことばかり言っていた気がする。大義名分を盾に、自身が他に配慮する努力を怠っていなかったかは甚だ疑問でもある。しかし、そんな僕と一緒になって過ごしてくれた。
着任してその日に「ああ、この人が師匠になるんだろうな。そうして僕はこの人と別れた後も、きっと近況を報告しに連絡を送るんだろうな」と思わせてくれるような人に会えた。
いつだって厳しいことはあった。けれどそのおかげで自分の中の基準を磨き上げられた。たぶん、どこでだって「その一点においては」あんなに大変なことは無いんだと、きっと自分の中で決めつけられるくらいには育ててもらった。
「もっと上を目指せるはず」と青い言葉も吐いた。それを受け止めてくれる一回り上のこれまた師匠の優しさも痛感した。
僕の知る全てを教えると意気込ませてくれた後輩たちにも感謝ばかりだ。なんだかあまりモチベーションが上がらない日々に現れた彗星ふたつにかなり救われた。彼ら彼女らのおかげでめちゃくちゃやる気が出た。
何度か杯も交わした。まあ全然ラーメンの方がよくいってた気がする。じゃあ何?器だろうか。器は交わしてない。箸かしら。
PDFで手紙をくれた律儀なやつも。なんでPDFなんだよ。これ編集とかで変化しないんだから保存しろってことか。それもしっかりとした二項対立の文章を。僕は課題など出してはいない。
なぜだか僕を慕ってくれる子たちとは、それはよく。君たちは本当に優秀で、たいへん実直。どうかたくさんの経験をこれから得て、全て自分のものにして、僕よりも面白おかしい人生を送ってほしい。どっちがよりおかしな経験ができるか競争しよう。君たちだって自信はあるかもしれない。しかしその点においては僕はちょっとした権威であるから、案外手強い。
さて。本、珈琲、香水、ハンカチなどなぜ僕の趣味がバレているのかはわからないが、本当に嬉しかった。大事に使うし、花はできる限り保たせます。
お世話になりました。
ありがとうございました。
そんなところで。
大変厳しく面白い最初の一年だった。別れのたびにこれがあるなら、異動も存外悪くない。
異動先で寒波に見舞われながら。 2025.2.4