政治ツイートが不意にバズってげんなりした話
先行きの見えない新型コロナウィルスへの対応や、その最中で強引に審議入りした検察庁法改正案の件など、世間の政治への関心と不満が非常に高まっているなぁと感じる今日このごろですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私自身も、最近特に注意してニュースや国会中継を見るようになりました。そんな中で、先日も資さんうどんの持ち帰りモツ鍋(超美味い)を家で食べながら、TVで首相会見を観ていたんですが、その時ぽろっとつぶやいたツイートがちょっとバズるという出来事がありました。
問題のツイート
これです。リアルタイムに会見を観ながら、思ったことを素直に吐き出した他愛ないツイートですが、結果的に1万以上もRTされることとなりました。もちろん、こんなに拡散されたのは初めての経験です。
ツイートの内容は書いてある通りなんですが、相変わらず抽象的/感情的な言葉ばかり強調される会見の内容に対して、ほとほと失望したというか、呆れ果てたというか…そんな心境からのツイートでした。
自分の言葉が世間に一方的に消費される気持ち悪さ
そんな感じでポロッと発信したツイートでしたが、あれよあれよと拡散され、たくさんのリプライやコメントが送られてくるようになりました。気持ちや趣旨を汲み取って共感してくれる人も多かった一方で、衝撃的だったのは、自分のツイートを一方的に消費してくる人の多さでした。
自分のツイートが特定の誰か(または誰か達)を攻撃する材料として使われたり、自分(私)の人格が勝手に決めつけられていたり、何か知らんうちに左翼の人にされてたり、もう訳がわかりません。悪意のあるリプライやコメントから直接受けるダメージも確かにありましたが、それ以上に嫌なのは「自分の言葉(気持ち)を他人に勝手に消費されること」だったのだと理解しました。
政治の話がしづらい理由
先日の検察庁法改正案のTwitter抗議デモでも、「普段は政治の話はしないけど…」といった枕詞をつけている方が大勢見受けられました。公に政治の話がしづらい理由は様々あるかと思いますが、今回のような炎上がことさら起きやすいというか、言葉を一方的に消費されてしまうリスクが極めて大きい話題であることも大きな理由なんじゃないでしょうか。
冷静に怒ること
不満や怒りがあまりに大きくなりすぎると、どうしても視野がせまくなり、自分に都合の良い解釈でしか物事を見れなくなってしまいます。敵か味方かだけでしか、物事を判断できなくなります。(自分も昔は国会中継にかじりついてブチギレまくっていた時期がありましたが、あの時は我ながら危険な状態だったなと思います)
反面教師ではないですが、今回の件で改めて、冷静でいることの大切さを痛感しています。間違っていると思うことに対して怒ること/批判することと、冷静でいることは背反しません。すごく難しいですが、必ず両立できるはずです。感情に任せて他人の言葉を消費してしまわないように、とにかく今は冷静に、でもしっかり怒ろうと思います。