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喪失感よりも期待感 ~【櫻坂46】最高のパフォーマンスに出会うために~

ここ一年。
一期生が卒業していく姿を目の当たりにしていて感じることは、絶望ではない。
以前は、あの「21人の絆」を目にすることができないことに対する寂しさがあった。
特に、平手さんや長濱さんがグループを離れることになった時に、それを一番感じたかもしれない。
もちろん、最初に今泉さんが「21人」から離れることになったことで、「もうあのパフォーマンスが観られないのか」という思いが沸き起こった。
特にソロ曲が与えられており、小林さんとの人気ユニット「ゆいちゃんず」の楽曲も好きだったこともあり、ライブで観られないことに対する喪失感は相当なものであったかもしれない。
志田さんの卒業によって、『青空とMARRY」が・・・。
米谷さんの卒業によって、「156イチコロ」が・・・。
といった形で、ライブに彩りを加えていたソロ曲やユニット曲をオリジナルメンバーで観られなくなることは、ファンにとっては、結構なインパクトであっただろう。

櫻坂46の楽曲は、「僕のジレンマ」や「櫻坂の詩」などを除いて、楽曲選抜のメンバーによるパフォーマンスであるためか、欅坂46時代の頃より、喪失感や絶望感はかなり薄れてきている。
メンバー全員によるパフォーマンスが当たり前であった欅坂46との違いは、まさにここにある。
グループを卒業するメンバーが多くなっている今、このパフォーマンス形式が、メンバーが入れ替わることによってもたらされるファンの動揺や違和感を和らげる緩衝材の働きをしていることがわかる。
ただし、そのためには、代わりに入るメンバーのスキルが、オリジナルメンバーに劣らぬほどのレベルであることが求められる。
今のグループを見渡した時、既にこの域に達しつつあると言えるだろう。
これは、1年目からBACKSライブを開催するなどして、グループ内で切磋琢磨する文化を築いたことが大きな要因である。
一期生や二期生という加入時期の違いを乗り越え、「その時の最高のものを提示していく」という姿勢は、やはり世間で認知され、新しくファンを獲得していくためには、必須のものである。

彼女たちの日頃の精進によって、楽曲が披露される時、メンバーが変化することを楽しめるようになった。
それぞれのメンバーがもつ「個性」が輝いているからだ。
オリジナルメンバーによるパフォーマンスも、もちろん素晴らしいが、代理メンバーによる楽曲披露も、違った魅力に溢れていて、同じ楽曲でも全く異なる印象となることが多い。
こんな見せ方もあるのかぁ・・・と、思わず感心させられることも少なくない。
これは、グループ初期の頃から、MVやライブ、音楽番組ごとに決まった振付をするのではなく、常にパフォーマンスを変化させることが、彼女たちのスタイルとなっていることも、グループにとって大きな力となっているように感じられる。
自分にとって衝撃的なパフォーマンスは、ついつい、「また観たい」「生で観てみたい」と思ってしまうものだが、ある意味、成功したものでさえもあっさりと手放し、次を目指す「潔さ」が彼女たちにはある。
だからこそ、毎回、彼女たちのパフォーマンスから目が離せないのだ。
ファンとは、ある意味「残酷な」存在である。
素晴らしいものを見せ続けたとしても、それに満足することなく、「もっともっと」と新たなものや進化したものを求めてくるからだ。
しかし、彼女たちは諦めることなく、絶えずそうなるように努力を続けている。
彼女たちが走り続けている限り、ファンも振り落とされないようにしながら、彼女たちを応援し続けることだろう。
素晴らしいパフォーマンスとの出会いは、まさに「一期一会」。
只今を一つひとつ大切にしていかなければ、決して目にすることができないことを肝に銘じるべきなのかもしれない。





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