現代国語の先生は
高校の現代国語の先生は、とにかく本を読ませたがるお人でした。
月に一冊ずつ、みんなに薄い文庫本を配って感想文を書かせたり、授業の後半におすすめの本を紹介したり。
生徒たちに本を読ませるために教師になったのかもしれません。本を紹介するときの先生は、通常の授業よりもぐんと熱量が上がっていましたから。
紹介するのは著者とタイトルだけでなく、その文庫本を出してる出版社も込み。文庫本を紹介するのは、きっとお小遣いで買えるからだったんでしょう。岩波文庫に至っては何色に分類されているかまで教えてくれました。
おかげで本が探しやすかった。
毎回しっかりメモを取り、学校帰りに本屋さんへ寄って買い求めていました。まんまと先生の術中にはまっていたのです。
だって、先生が紹介する本にはハズレがなかったんだもの!
ある時、いつものように勧められた本。
安岡章太郎著『海辺の光景』
先生は熱い口調で言いました。
「うみべと読んではいけないぞ。
カイヒンと読むんだ。」
ーん?カイヘンならまだしも、カイヒンなんて特殊だな。作者のこだわり?
「うみべじゃないぞ、
カイヒンだ!」
重要なことなんだろう。二度も三度も力を込めて念を押している。
タイトルの読み方を間違うのは作者に対して失礼なことだものね、うん。
その日も帰りに書店へ寄って、しっかり手に入れました。
すぐに安岡章太郎のファンになってしまい、またしても先生の思う壺。
時は移りー
2013年、安岡章太郎没のニュース。
新聞記事には代表作として『海辺の光景』が紹介されていました。
そのルビ。
そのルビですよ。
『 かいへん 』
とはっきり表示されていました。
いや待て。新聞が間違ってるってことは…ありませんね。調べたら「カイヘン」でした。紛れもなく。
なんという・・・
先生に紹介されたあの時からずっと、約30年もの間「カイヒン」だと思い込んでいたのです。
そこでハッとしました。
そういえばー
先生は訛っていたのでした。