浅墓な告白とサブスクリプション
在宅ワークになり日報を書くようになった。電球色の部屋。静かな夜を過ごしていると、時折センチメンタルな気持ちになる。で、つい昔話を。これは実話に基づいたフィクションである。まあ昔話というのはじぶんの勝手な思い出に置き換わるものだ。思い出はすべてフィクションと言っていい。登場人物は仮名であったり、そうでなかったりする。では、2700ケルビンの仕事部屋から。今日の日報です。
これまでインプットの時間は電車の中。通勤時間を利用して本を読む。スマホで映画を見る。ところが在宅勤務になると、その時間がまるまるない。意識的にインプット時間をとらないと、この6畳の部屋で化石になってしまう。まずい。仕事のおしまいに1時間、なにか視聴をしてから終えよう。
最近Huluに加入した。ミーハーにも目的は、Nizi project。しかしサブスクは入りすぎた。無料視聴期間中にすべて見て解約する。その算段である。Huluのライブラリーを徘徊しているうちに、けっこう古いドラマを見つけた。『ADブギ』『十年愛』『愛はどうだ』。高校生のころ観ていたドラマたち。あの頃を思い出しながら、画面をスクロールしていく。
高校3年のころ、すごく好きな人がいた。美由子という名前だった。高2から付き合っていた子がいたのだけど、高3で美由子と同じクラスになり好きになってしまった。美由子は友達の彼女だった。でも次第に気持ちが抑えきれなくなり、付き合っていた彼女へは「もともと好きじゃなかった」とひどい別れ文句を言い放ち、友達は無視しようと決めた。まったくひどい奴だ。
それでも告白を決心できなかった夏に、世界陸上が開かれた。テレビに映るのは100M走。注目は王者カール・ルイス。このレースでもしカール・ルイスが勝ったら、美由子に告白しよう。そう決めた。たぶん勝つ。きっかけが欲しかっただけだった。スタートのピストルが鳴り、その9.86秒後にルイスはゴール。世界新記録を樹立した彼の勢いを借りて、ぼくは美由子に電話した。
美由子からの返事はすぐになかったけれど、クリスマスイブに二人で会ったり、家庭電話だけの時代に8時間の長電話をしたりしていた(当然あとで親に怒られた)。高3の三学期。ぼくは関係を深めたくて、彼女を階段に呼び出し、言った。「二股でもいいから付き合ってほしい」美由子はしばらく黙っていたが「いいよ」と言ってくれた。ぼくはホッとして帰路へ向かう。「後で電話する!」とか言ったかもしれない。得意げに、満足げに、余韻に浸っていた。これから美由子と付き合える。どこに行こうか。なにをしようか。でも家につく頃には、違う気持ちになっていた。
なんで沈黙があったんだろう。迷いがあったんじゃないか。なんですぐに選んでくれなかったんだ。なんであいつと別れないんだ。とかそんなことを考えていたと思う。わずか15分くらいの帰路の時間で、すっかりうぬぼれていた。もう彼氏気分になって嫉妬していたのだ。
部屋で灯りをつけず数時間考えてみた。そして、美由子に電話をかける。「やっぱりなしにしよう」。美由子も「そうだね」と言ってすぐに電話を切った。それからもう電話をすることは、なかったと思う。学校で話すことも、もうなかった。
卒業してしばらくした頃、駅で階段を登る美由子をみかけた。ジャケットにヒール。ちょっと背伸びをしていて、大人ぶっているように見えた。高校の頃の素直で明るい美由子の面影はなくなっていた。
Huluの無料期間はとうに過ぎた。なのにぼくは解約できずにいる。あの頃を思い出すために、またドラマを観てしまうだろう。サブスクは怖い。PrimeVideo、Netflix、Disney+、DAZN、そしてHulu。毎月の請求がとめどなく増えていく。捨てる勇気を持とう。面倒でも解約手続きを済ませよう。いたずらに過去を振り返るのはやめよう。あの頃の美由子はもういないのだから。
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