SS | ひとしずくの愛、毒の残滓
きみにとって、きみを彩った数々の物語のうち最も価値のあった出来事は一体なんだったか、教えてくれないか。
わたしにとって、わたしを彩った数々の物語のうち最も価値のあった出来事は、そのどれもをわたしが体験したことにあるのよ。
きみにとって、体験が物語の始まりになるのかい。
いいえ、わたしの物語はきっと、あそこに山積みにされた人形たちにさせたものと同じ。ただ緻密に練られた簡単な物語を追体験しているだけにすぎないわ。理解をしようとしなければ、単純だってこともすぐに理解る。
間違っている。きみは、きみの四肢に繋がれた操り糸を切る選択だって出来るはずさ。
わたしの選択が物語に影響を与えることは十分に考えられるわ。だから、わたしは選ぶの。
どうしたい。
美しいこの世界のために、相応しい姿になるの。
救いたいんだ。僕らの手で物語の書き換えをしよう。
わたしは、わたしの真ん中から臓物が溢れる醜態を晒すことに一切の抵抗はないわ。なぜなら、わたしにとって最も価値のある姿だもの。涙が流れないわたしにとって、吐気を催す姿でいたほうがよっぽど救いになるわ。
きみの体験はきみの為にある。
生微温い心臓が海鼠のように蕩けて、消えた
美しく生きていたじゃないか。
そう言って彼は海に飛び込み、血に塗れた手をはためかせて深く、深く、潜った。二度と水面に顔を出すことはなかった。