暮瀬堂日記〜揺れぬ狗尾草(えのころぐさ)
初秋、青々としていた狗尾草が、ここ数日程で色味を失い、枯草に近づく気配であった。雑草でしかないはずが、ここに至り恰も借景であったかと思わせ、枯淡の趣、無きにしもあらず。
流れているのは雲のみの昼下り、木の葉の音もせず、木洩れ日も揺れずに陽を濾されていた。蝶や蜂もまどろんでいるのか、受粉を待つ蕊たちも寝息を立てはじめたかのようである。
動くのは私の視線だけか、と立ち上がるのが憚られ、目を瞑ろうとしたとき、草間を縫って来るものがあった。動きも鈍り、体の細くなったトンボである。思わず指を立てたが、無論素通りしたのは言うまでもない。
トンボはふわふわと漂うと、漸く羽を休めたのは狗尾草であった。だが、穂先に止まっても、草は揺れなかった。軽くなり過ぎた体を、草穂は気づかなかったようである。
とんぼうの痩せてしならぬゑのこ草
かようの一句を得て、動ける内に、そそくさと立ち去ることにした。
(新暦十月三十一日 旧暦九月十五日 霜降の節気 霎時施【こさめときどきふる】候)