PASPYってなんで終了するん?
私たちが活動している広島県では、ICOCAやSuicaなどの10カードに加えて「PASPY(パスピー)」という交通系ICカードが広く使われています。
PASPYは2008年のサービス開始以来、累積発行枚数が190万枚を超え、広島電鉄での利用率は8割にも達しています。
しかし、2025年3月にPASPYは終了し、後継の「MOBIRY DAYS(モビリーデイズ)」が2024年9月にサービス開始されることが発表されました。
今回は、PASPYとMOBIRY DAYSを比較しながら、PASPYがなぜ終了するのか考察していきます。
PASPYの仕組みとは?
10カードと同じ仕組み
PASPYなどの多くの交通系ICカードの元祖ともいえるのが、JR東日本他が発行する「Suica(スイカ)」です。
このSuicaをいわば全国各地でコピーされたものが、今日の交通系ICカードとなっています。
Suicaの仕組みは、CBT方式と呼ばれ、Card Based Ticketingの略です。
カードの中にすべて保存する
CBT方式は、その名の通り、カードを基にした乗車券システムです。
カードの中に残高や、定期券の情報をすべて保存しています。
物理的なカードの中にすべての情報を保存しているために、複数のカードを同一の残高、定期情報で運用できないのです。
余談ですが、Apple Payに登録されたSuicaなどが、iPhoneとApple Watchで別々に発行しなければならないのは、このためです。
処理はすべてオフライン
運賃計算は、カードと改札機の間で完結します。その間、インターネットなどを経由した処理は一切せず、それぞれ独立して稼働しています。
これは、Suicaが開発された1990年代の通信環境において、首都圏の通勤ラッシュにオンラインで処理しきれないと判断されたからです。
チャージもオフラインが基本です。駅券売機やチャージ機、コンビニのATMでは現金チャージを完全にオフラインで処理しています。
モバイル端末でのクレジットカードチャージは、オンラインで処理が行われます。このため、障害が発生した場合影響は全体に波及します。
2023年6月に発生したモバイルSuicaのシステム障害は記憶に新しい人も多いでしょう。
この障害下においても、駅券売機などでの現金チャージは問題なく行うことができていました。
このように、SuicaやPASPYなどは、分散処理を基本としておりシステム障害に対して強いという特性を持ちます。
初期投資、更新費用が莫大
分散処理を基本とするため、改札機・車載機一台一台に高速で処理するためのコンピュータを搭載する必要があります。
そのため、初期投資が非常に大きくなる傾向があります。
また、PASPYでは、7~8年ごとに40億円程度の更新費用がかかると報じられており、これがPASPY終了の原因の一つとなったとも言われています。
これからは分散から集中へ
PASPYでは導入されていませんが、JR東日本の駅では、分散処理を集中処理へと切り替えています。
https://www.jreast.co.jp/press/2023/20230404_ho02.pdf
1990年代とは通信環境が大きく変化し、通勤ラッシュに耐えうる設備が開発されたためです。改札機とオンラインで結ばれたセンターサーバで集中処理を行います。これは改札機のコストを抑えるためです。
また、センターサーバに他のサービスを接続させることで柔軟な商品設定も可能です。
MOBIRY DAYSの仕組みとは?
スーパーのカードと同じ!?
スーパーの電子マネーを作る際、名前や住所、電話番号などを記入した記憶はありますか?
これは、会員(アカウント)登録をしてカードを作ったということです。
実は、スーパーのカードはMOBIRY DAYSの仕組みと非常に似ているのです。
乗り物系で同じ仕組みを採用しているのは、東海道新幹線などで使われるスマートEXやエクスプレス予約です。
MOBIRY DAYSの仕組みは、ABT方式と呼ばれ、Account Based Ticketingの略です。
サーバに情報を保存
ABT方式は、その名の通り、アカウントを基にした乗車券システムです。
アカウントごとにサーバで残高や、定期券の情報を保存しています。
サーバですべての情報を保存しているために、複数の認証媒体で情報を運用できるのです。
処理はオンライン
運賃計算は、すべてクラウドサーバ上で行います。
すべての改札機・車載機は、読み取ったID番号(利用者を識別する番号)のみをサーバに転送して処理を行ってもらい、通過の可否を返されます。
チャージや定期券の購入も、オンラインです。
MOBIRY DAYSは、基本クレジットカードか銀行口座からのオンラインでの決済となりますが、窓口では、現金決済も可能となっています。
現金の場合においても、窓口の係員さんが機器を操作し、オンラインにて処理を行います。
初期投資、更新費用が抑制?
集中処理が基本となるため、改札機・車載機一台一台の費用を抑えることができます。
ただ、MOBIRY DAYS導入に際しては、10カードへ対応するために別に車載機を設置することが発表されており、二重投資となるので、初期投資を抑えることができるのかは不明です。
ですが、将来的には、10カードとMOBIRY DAYSの車載器を一本化するとの報道も一部あります。
また、サーバの更新費用に関しては、公表されていないので明言はできませんが、おそらく、PASPY時代よりかは安価になるのではないかと思います。
クラウドサーバだからこそできる
クラウドサーバだからこそ実現可能となる施策がいくつか公表されています。
バスの全扉乗り降り
車載機は、ID番号をサーバに転送するだけなので、乗るとき用、降りるとき用と別れていないため実現。ダイナミックプライシング(変動制運賃)
複雑な運賃計算や、運賃の書き換えが容易になるため実現。
通勤時間帯と日中で運賃が変わるなどの施策が代表的な例。イベント開催日など特定日の割引
運賃の書き換えが容易なことから実現。
ダイナミックプライシングは、欧米では導入が進んでおり、需要供給曲線にかなった均衡価格を模索することで利用者側も事業者側も良い方向に進むことが期待されます。
結局、なんでPASPY終了するの?(考察)
お金
一番の原因は、維持費が広島電鉄の重い負担となっていたからでしょう。
コロナの影響により、広島電鉄は、過去最大の赤字を計上しました。
7~8年おきに、PASPY全体で40億円もの更新費用がかかるのは持続可能ではないと判断したのでしょう。
10カードは時代遅れ?
CBT方式は、カードの中に記録できる分だけ記録しているので、拡張性に限界があります。Suicaのセンターサーバ移行は、これを打開するための施策だと考えるのですが、これでもなお持続可能ではなかったのでしょう。
もっと先を見据えて
近未来にスマートフォンがなくなる世界が描かれ始めています。
2050年には、スマホの普及率が0%と予測している記事もあります。
未来の人にカードのだけに情報を保存だなんて、笑われてしまうかもしれないし、未来に行ったら、自分も笑ってしまうかもしれません。
どうしようもない拡張性が低い仕組みに固執することなく、声認証や顔認証などにも対応可能となるシステムを今のうちから構築したほうがメリットが大きいと判断したのかもしれません。
デジタル通貨(CBDC)や、クレジットカードのタッチ決済など、これからのトレンドに乗れるようなものとなるのかもしれません。
おわりに
MOBIRY DAYSは、公式に発表されてから2年半、最初の報道からは3年半が経過しています。
広島都市圏においては、バス会社の中でもICOCAとMOBIRY DAYS2つのシステムが並立することとなり、混乱が生じるおそれがあります。
ただ、我々利用者にとって使いやすい公共交通が実現されることが何よりであるので、このことに向けても、活動をしていきます。
応援、よろしくお願いします。
出典
RCC中国放送2023年10月23日
山形県チェリカ導入に関する資料https://www.pref.yamagata.jp/documents/17584/iccard.pdf
国土交通省平成27年7月
交通系 IC カードの普及・利便性拡大に向けた検討会 とりまとめ
https://www.mlit.go.jp/common/001097000.pdf
国土交通省資料
交通系ICカードの普及と設備投資の状況について
https://www.mlit.go.jp/toukeijouhou/toukei04/geturei/01/geturei04_015.pdf
JR東日本2023年4月4日
新しい Suica 改札システムの導入開始について
https://www.jreast.co.jp/press/2023/20230404_ho02.pdf
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