少し謝りたいような黄昏の時
寒くなって来た。
駅前のロータリーで、杖をパン!と倒したお爺さんが居た。
通りかかったので、拾って渡して差し上げた。
爺「アンタ!」
「パッチ履いとるか?」
その日はワンピースだったし、履いていなかった。
私はパッチは気温的にまだだと思っている。
それに、私が履く予定の防寒下着はスパッツであり、
断じてパッチではない。
私「ワンピースですし、履いていません。」
爺「パッチは早めに履かんといかん。
ワシのな、」
ご老体はズボンを少しずらして私に下着を見せた。
この場合、セクハラなのかはわからないが、
私はご老体が見せたがった下着に目をやった。
爺「これはラクダや。なんぼすると思う?」
父の遺品を片付けていたら、ラクダの下着上下が新品で出て来たことがあった。
確か一万円ちょっとの値札がついたままであった。
そんなに高額なものだとは知らなかった。
亡くなったのは夏であったが、着せて納棺すれば良かったと姉と話した。
私「ラクダは一万円ぐらいです」
爺「おっ⁉︎なんで知ってる?」
私「父のかた…」
このご老体も父と近しい年齢である。
形見なんていう言葉は使わないでおこう。
私「父の片付けを手伝っていたら、値札のついたものが出て来て」
爺「これは高いやつや。お父さんは着とるか?」
父はこの世にはいない。
このことも伏せておこう。
私「高いからよそ行きにでもするのか、箱に入れたままです。」
爺「お棺に入れてやったらええねん。ワハハハ。」
ドキンと心臓が鳴った。
私「いや、そんな」
爺「何でも生きてる内に使うことや。パッチ履きや。」
私は会釈してその場を離れた。
ちょこちょこ嘘をついてしまったな。
振り返りたかったが、できなくて、
父のラクダの上下をサッサと処分したことを思い出していた。
黄昏時に落ちる自分の影だけを見ながら歩いた。
そろそろスパッツを履くか。
一万円もしないが。
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