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恋の行き先。〈19〉

私が敦史のマンションを出た日、
帰宅してそれを知った敦史から電話で随分怒られた。
謝ったり諭したり大変だった。
でも、二人で作った小鳥の餌場が壊れていて、直したいと伝えると、敦史はため息をついて黙った。
それなりに落ちついてくれたと思ってはいる。


庭木の高い所に椿が咲いていて、私はそれを摘んで飾ろうとしていた。
植木屋さんが使うような長梯子を見つけて来て、登ってみた。
登ってみたものの、降りるのがうまく行かない気がした。
梯子に登ったまま、まごまごしていたら、「神坂さん!」と呼び声がした。
梯子の上段から、はーい!と答えた。

「入りますよ」と、男性が庭に入って来た。
会ったことのある顔だ。
「相沢です。相沢啓吾。神坂さんの引越しの時に荷物を運んだ。」

私「ああ、お久しぶりです。その節はありがとうございました。」と挨拶した時、バランスを崩した。

相沢「危ない!」

しっかりと抱き止められて、転落は免れた。

私「ありがとうございます。あの、何か…」

相沢「一ノ瀬にくれはさん、あ、くれはさんでいいですか?
一ノ瀬にLINEで近況を聞いてるうちに、くれはさんの事が気になって。様子を見に行ってみようかなと思って。」

脇を支えてもらいながら梯子から降りた。

相沢「ほら、来てよかった。どうして梯子なんかに?」

私「あの高い所にある椿がきれいなんですけど、下からはちゃんと見えないから、摘んで花瓶に生けようと思って。」

お茶でも淹れますね、どうぞ入ってください。と私は誘った。
相沢は縁側の椅子に腰掛けながら、
相沢「今は一ノ瀬の代わりに店長です。彼は上手く行ってるみたいですよ。頭のいい奴だし。」

そうして本社の歓迎会の画像を見せてくれた。
敦史が何人かの社員と並んでいる画像だった。
女性が隣に居て、若くてきれいな女性だった。
それでつい、しょんぼりしてしまったところを相沢は見ていた。

相沢「俺でよかったら、たまに顔出しますよ。」
その時、
相沢はあっ!と声を上げた。
彼はくれはの左手を取ると、

相沢「クロムハーツのこれ!100万はしますよ!」と、誕生日プレゼントのクロムハーツとペアリングを、サッと指から抜き取った。

相沢「ペアリング?の方はカルティエ。これもすごい。一ノ瀬、やるなー。」

私は勝手に抜き取られたのがショックだった。
ショックは段々と不快感に変わった。

敦史と私の間に土足で割り込んで来たみたいだ。
指輪を値踏みしているのだって失礼すぎる。

で、でもそんなに高い物だったの!?

私は相沢から指輪を取り返した。
それでは。と、冷淡に帰るよう促した。

相沢「あ、すみません。仕事柄つい!嫌ですよね?」

問答無用で門まで送ると、相沢は顔を近づけて言った。
相沢「本当にごめんなさい。今度お詫びさせてください。」

私は簡単に頭を下げ、黙って足早に家に入った。
水道から水を出し、指輪を洗った。
そして敦史のタオルを使って、指輪を拭いた。
目を瞑って、敦史がこの二つをはめてくれた瞬間を思い出しながら指輪をはめた。

私が彼に抱かれ、イッた時、敦史は指輪をはめてくれたのだった。
敦史のあの時の、特別で幸せな指輪の渡し方を思い出し、泣いてしまった。

つづく

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