Unpaid work - コーヒーの生産を支える隠れた生き物は誰?
コーヒーの木に咲く、白い花
コーヒー豆がコーヒーチェリーの種であり、その種を除いた果肉がカスカラティー(果実茶)として楽しまれていることは、コーヒーラバーのみなさんにはおなじみの事実ですよね。でも、コーヒーチェリーが実る前に咲く「花」のことはご存じでしょうか?
その花は「コーヒーブロッサム」と呼ばれ、白くてジャスミンに似た香りがします。この香りにミツバチやてんとう虫が引き寄せられ、彼らの手助けによって受粉が成功すると、コーヒーチェリーが実るのです。コーヒーの花が咲く期間は限られており、その間にしっかり受粉が行われないと、十分な収穫量を得ることはできません。
隠れた働き手 ミツバチ
コーヒーの花から花へと飛び回るミツバチ。その体に花粉が付着して、次の花へ運ばれることで受粉が行われます。ミツバチが集めた蜜は「コーヒーブロッサムハニー」として販売されていることもあります。
このようなミツバチの働きを考えると、コーヒーの「生産プロセス」や「テロワール」といった大きなカテゴリーの中に、隠れた働き手、見えざる変数がたくさん介在していることがわかります。
そして実はこの隠れた働き手、コーヒーの収穫量や味わいにも大きく影響を与えているのです。実際の研究結果を見てみましょう。
ミツバチがコーヒー農園の収穫量と品質を改善する
スミソニアン熱帯研究所のルービック氏による研究では、森林に近い農園では、ミツバチを含む花粉媒介者の存在により、収穫量が平均して49%増加することが観察されました。この研究は、ミツバチなどの花粉媒介者が生息している農園では、収穫量が大幅に増加する可能性を示しています。
さらに、ミツバチの受粉活動は、コーヒーの実の重さも増やすことがわかりました。パナマでの調査によると、ミツバチが受粉を行った場合、コーヒーの実の重さが7%増加しました。実の重さの増加は、コーヒーチェリーの糖度にも関連しており、適切な受粉が行われることは、コーヒーの味わいにも影響を与えます。
こうした結果を見ると、コーヒーは本当に自然からの贈り物だと改めて実感します。
気候変動が生態系にもたらす影響
ミツバチの他にも、てんとう虫や蝶々、ハエなど、受粉者となる昆虫はたくさんいます。彼らはみな、コーヒー栽培にとって不可欠な生き物たちです。
この生き物たちの生態を語る上で、避けては通れないのが地球温暖化の問題です。今年の夏も例年より暑く、既に他人事ではないと感じている方も多いのではないでしょうか。
気温の上昇や異常気象は、ミツバチを含む受粉者たちの生息環境を変化させます。例えば、雨季の時期がずれることで花の開花時期が変則的になったり、豪雨によって巣が破壊されるなどの問題が起きています。ミツバチの減少も、環境悪化によってコーヒーの収穫量が激減する恐れがある「2050年問題」の一部です。
自然の「Unpaid work」に報酬を払うならいくら?
「ミツバチの受粉は、実は人間のどんな活動よりもコーヒー栽培に貢献しているのではないか」という視点から、ミツバチの「Unpaid work(無報酬労働)」の金銭的価値を測定する興味深い研究もあります。
バーモント大学の研究チームは、30のコーヒー農場で環境条件に制約を設け、➀鳥の活動(害虫駆除)のみがある環境、②ミツバチの活動(受粉)のみがある環境、③鳥とミツバチの活動が全くない環境、そして④自然環境(ミツバチが自由に受粉し、鳥は害虫を食べる)の4つのシナリオをテストしました。
その結果、自然環境において、果実の重量や均一性に対する鳥とミツバチの複合的な効果が、それぞれの個別の効果よりも大きいことが明らかになりました。鳥とミツバチがいなければ、平均収穫量は約25%減少し、ヘクタールあたり約1,066ドル、つまり約3,000坪あたり約17万円の価値が失われると査定されました。(※2024年7月11日時点の為替レートで計算)
ある意味、自然環境を温存させるだけで、実は経済的な効果が得られるということです。
私たちが一杯のコーヒーを味わうとき、目の前でコーヒーを淹れるバリスタの背後には、数え切れないほど多くの人々と生き物たちの働きがあります。
コーヒーのサプライチェーンは非常に複雑な構造をしており、AIでさえ完全に把握するのは難しいでしょう。生産の過程で多くの変数が絡み合っているため、特定の行動を取れば全てが解決するという単純なものではありません。しかし、だからこそ再考のきっかけとなるトリガーがたくさんあります。
環境問題について考えるとどうしても深刻な話になりがちですが、私たちが起こせる小さなアクションはたくさんあるはずです。例えば、今日飲むコーヒーがどこから来たのか、どんな想いで焙煎されたのかを知ることから始めてみるのもいいかもしれません。