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市民プールでおじさんに教えてもらった人生の積み上げ方について【エッセイ】

私は市民プールに行くことにハマっていた。ジムみたいに毎月払わなくていいし、行きたいときだけ行けちゃう。熱しやすく冷めやすい私にはピッタリだった。

市民プールには冷えた体を温めるためにジャグジーがついていた。お金が無かった時の私は家ではシャワーだけだ。だから、それも楽しみの一つだった。ある時、いつものようにジャグジーに入っていると、おじさんが話しかけてきた。

「若いね、ここ良く来るの?」
「そうですね~」と曖昧にしか返せなかった。

私は内向的な性格だからスイッチオフの時に急に話しかけられると結構弱い。そのあとおじさんは何を思ったのか急に私の顔をじっと見て言った。

「何事もな、基礎が大事や、基礎がないとそのあと何も積みあがれへん。お前さんは若いんやから、基礎が大事ややぞぉ~」

そのあと、30分程いかに基礎が大事かと延々とお話ししてくれた。その時は特に何も思わなかった。次の週、またプールに行くとまた、あのおじさんがいた。しばらく自分のペースで泳ぎ、ジャグジーに行く。

おじさんは顔を上げてオッ!と手を挙げた。私は「こんにちは~」と言いつつジャグジーに入る。そしたら、また「基礎の話」がはじまった。

「家建てるときもな、基礎が大事や。地盤が緩いとなんも積みあがれへん。お前さんも、基礎にやりすぎはない。基礎をしっかりしぃ。」

また基礎の話かぁ~って思いながらも30分程おじさんの講義を聞いてプールを出た。ちょうどその頃から私は論文の執筆が忙しくなってきて、プールに行く時間さえ無くなっていった。

論文を書き終えたころには私のプールブームはすっかり熱が冷めていた。自然と市民プールから足が遠のいた。そして、おじさんの存在も記憶の奥底に沈んで行ってしまった。

そんなある時、私は自分の仕事で壁にぶつかった。お金も労力もすべてかけているのに良いモノが出来ない。もう、こんな仕事やっていけないと思った。ずっともがき続けた。とりあえず大量の本を読んだり、いろんな人のアドバイスをもらった。最高の結果ではないけど、とりあえずは大丈夫って状態が続いていた。

そんな日々を送る中、私の癒しはコロナの時にはじめたウクレレだった。コロナの自粛期間で暇すぎて買ったのが始まりだ。ポロロンと適当に鳴らすだけでもなんか楽しいし、ちょっとハマってレッスンなんかも通っている。

でも、私のウクレレはひいき目に見てもドへたくそだ。3年やっているのに全然うまくならない。基礎練習もろくにしないし、適当に楽譜の数字を追って、自分のぐちゃぐちゃのリズムで奏でる、いや、かき鳴らすって感じだ。

そんな私は新たな刺激を求めてウクレレサークルってのに参加してみた。ウクレレサークルではみんなで同じ曲を一緒に奏でる。私のめちゃくちゃなリズムがみんなに迷惑をかけることが少し恥ずかしくなって、基礎練習の本を買って、初めてメトロノームを使って基礎トレをはじめた。

すごく単調な練習だ。ドレミを永遠と繰り返すフレーズだったり、右手をジャカジャカと一定のリズムで鳴らす練習だ。それを毎日決めてやった。そうすると、3年間の練習じゃ考えられないほど自分がドンドンとうまくなっていることに気づいた。

やっぱり基礎が大事だったのだ。ウクレレでうまくいった事に気を良くした私は自分の仕事にも応用してみた。私は仕事の基礎は何年も大学でやったり学んできて出来ている気がしていた。でも、もう1回基礎的な部分を見直したり、まとめ直してみた。

すると、どんどん良くなっていく。全てがうまく回り始めた。意外と分かっていると思っている部分に空白な部分があることに気づいた。そして、ハッと市民プールのおじさんを思い出した。あの、市民プールのおじさんはまだプールにいるのだろうか。

次の休日にワクワクする気持ちでプールに向かった。でも、プールにはおじさんは居ない。とりえず泳いで時間をつぶす。いつも通りの時間、いつも通りの曜日。なのにおじさんは居ない。

ジャグジーでぼーっと時間を過ごした。次の週も、その次の週もプールに行ったけど、そこにはおじさんは居なかった。

あれほど私に基礎の大切さを説いていたおじさんはもうプールにはいない。もしかしたら、私が「基礎の大切さ」に気付いてしまったからなのかもしれない。

次は私がみんなの基礎おじさんになる番だ。



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