君はカメラで何を撮る
父の作品撮影に立ち会うために鳥取に戻っていた。
綺麗に表装された"書"は、家中の各部屋に散らばった習作とは違う。
爛れが少なくパリッとした佇まいに人の手を重ねた軌跡が見える。
箱から出てくるそれらを見る度に、なんだか感慨深いのだ。
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プロが作品を撮る中、私が撮れる写真と言えば、娘から見た新たな父の一面であるし、この場を記録するということ。
カメラのフォーカスを還暦を迎えた父に合わせる。
定年と再雇用でやっと肩の荷が軽くなったのか、昔よりも自分の作品に向き合うどこまでも真っ直ぐな目をしている。
病気で筆を持てなかった時、親や親友を亡くし悲しみに打ち拉がれた時、それでも彼は筆をとり続けた。書き続けていた。
感情をコントロールして白い世界に一線を画し世界を想像していくのだ。
そんな光景を28年間見てきた。
鳥取を離れて10年経つ。帰省の度にその光景が無かったことなど一度もない。
彼はある種”書"という呪いに取り憑かれ、きっと死ぬまでそこから解放されることはないだろう。
辞めたとしても、何かしらで”書"に立ち返るだろう。
「ほら、結局筆をとるんじゃんか。」と呆れた声で、私は彼との限りある時間の中で言うのだろう。
それはきっと、どちらかの灯火が消えるまで繰り返される光景なのだ。
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「年を重ねたと言えども、私はこの人の子であり、この熱い背中を一生追いかけて生きるんだなぁ。」
なんて思い直して、ファザコン娘はシャッターを切る。
彼の姿を見て思い出したのは、今の年齢の半分に当たるちょうど14歳の時に「美術の勉強がしたい」と言ったこと。
そこから貪るようにいろんな知識を蓄えたこと。鳥取を出てたくさんの体験を重ねたこと。絵を描くのが楽しかったこと。タイポグラフィが好きなこと。
映像が好きだったこと。いろんな現場を経験したこと。
インタラクションが好きなこと。チームで動くこと。裏側の作り上がっていく様が好きなこと。対話を重ね、いろんなものを積み重ねながら良いものを作るということ。コミュニケーションは億劫で苦手だけれども、対話の先には新しい何かが必ず生まれるということ。物怖じと人見知りは乗り越えられるということ。自身の姿勢と目線を貫くということ。
自分の中の14年を振り返る。
精神年齢は、あの頃とそんなに変わっていないと思う。
年相応に見られたことはないし、世間でいう28歳には見られない言動も私はしていることだろう。人からすると「14年もかけて君は何も変わらないのだね」と見られるのかもしれない。
ただそれでも、この14年が無ければ、私はあの場でカメラを構えていることも無かったのだ。こんな形で手伝うことも出来なかった。
父が現場にいない間は代役を務めて、良し悪しを判断することをしていたのだが、そんなことも自分の過去の軌跡が無ければ出来なかったであろう。
私は父にとって背を預けられる娘になれていたようだ。
何気ない現場の風景だけれども、私はこの1枚を撮れたことを奇跡のように感じている。時間を作って、この場に立ち会えて良かった。
一生の内にこんな時間は2度と来ない。28歳の私と60歳の父の歯車が噛み合うのは、現在というタイミングでしかない。過去を見返したとしても未来を描いたとしても現在でしかないのだ。
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私はちゃんとカメラを学んできたわけではない。
大学の授業や何かの機会で教わることはあったが、何故か毎回抜けていて、シャッタースピードもフォーカスも常に感覚的に合わせている。
それは作品として向き合っていないからだろう。認められる何かを撮りたいわけじゃない。
私がカメラを持つのは、自分の記憶を記録するためだ。
その時の私が収めたい光景を姿を撮り残しておくためだ。
こういう光景があるのだと。こういう人達がいるのだと。
上っ面では分からない裏側があるのだと。
そのためにいろんなカメラと手を取り合っている。
私は父や祖父達、おじちゃん達と違って、1つのジャンルで自分の作品を作り続ける人間ではなかった。けれども、こういう人達がいるのを知っている。
伝えられる術も持っている。
いつ終わるか分からない人生だ。
自分が無理効かない身体なのは、先日の病気で痛いほど分かった気になっている。何事もなく長生きをするかもしれないし、今度の検査で「余命わずかですよ」なんて言われるかもしれない。
自分の身体ながら、分からないことだらけである。
私が一先ず出来ることと言えば、動ける時に動くことと持ち前の軽いフットワークを絶やさないことだろう。
もっとたくさん考えなきゃいけないことがあるだろう。
けれど、今はそれで良いように思う。
長い人生の中でこの時に立ち会えたことをとても嬉しく思うし、私はこの人の娘で良かったのだと改めて思う。
生きていることは、それだけで素晴らしいことのように思う。
次は何に出会えるだろうか。その時もまた、記憶を記録しておきたいと思う。
いただいたサポートで本を買ったり、新しい体験をするための積み重ねにしていこうと思います。