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末石泰節さんの茶碗に見えた壮大な時空
ご縁があって、備前焼作家の末石泰節さんから一組の茶碗をいただきました。小さめの碗ですが、それぞれに壮大な時空が描かれていたので、びっくりしました。
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まず濃い印象の茶碗には、天地創造の物語が描かれています。
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混沌とした泥のなかかから日本列島の本州が浮かび上がっています。北海道や九州は、ごくわずかに顕れています。四国や紀伊半島はまだ泥の下です。本州の上方には朝鮮半島や中国大陸の南端が浮かび上がってきています。
明るい印象の碗は、オランダの画家・フェルメールの代表作「デルフトの眺望」を彷彿とさせました。
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美術家・森村泰昌の畏友(いゆう)渡辺一夫は、「デルフトの眺望」のなかに次のような鎮魂の物語を見出しました2)。
「手前の浜辺は、赤みを帯びたあたたかみのある場所で、生きた人びとの姿がある。それに比べて運河の向こう岸のデルフトの市街には、ひとの気配が感じられず、静寂につつまれている。運河に隔てられた、こちらの岸辺は此岸(この世)、むこうの岸辺は彼岸(あの世)に相当する」
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「手前にある浜辺の左端では、一組の男女が船に乗ろうとしている。それを見送りに来ている紳士と子どもを抱く女性がいる。旅立とうとしているのは、絵が描かれる6年前にデルフトで起きた大災害で犠牲になった画家・ファブリティウス、と妻であり、見送りに来ているのはフェルメールであるという。それは現実の旅行ではなく、死出の旅である。こちらの浜辺と向こうの街並みを隔てる運河は、渡ってしまえば二度と帰ってくることがない三途の川であり、向こう岸に見えるのは大災害前の幻影としてのデルフトの街である。子どもを抱く女性の姿は、聖母子ではないか」
末石泰節さんの器と照合してみましょう。
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器には、物語と同じ構図が見えます。手前には砂地のような模様が拡がり、その上を鮮やかな茶色の流れが横切っています。その向こうは、幻影を映すスクリーンのような無地の肌が拡がっています。
すなわち、手前の砂地のようにみえる肌は、此岸(この世)です。その前を三途の川が蕩々と流れています。三途の川の向こう岸は、彼岸(あの世)を表す聖域となっています。
フェルメールの鎮魂の祈りが、360年の時を越えて、伊部の地に降り立ったのでした。
備前焼、畏るべし、です。
多重世界の影が、私たちの日常のそこかしこに降り立っています。
引用文献
1)森村泰昌・著:知識ゼロからのフェルメール鑑賞術. 幻冬舎, 2013. P90-91
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2)森村泰昌・著:自画像のゆくえ. 光文社新書1028, 2019, P241-315
3)朝日新聞出版・編:フェルメールへの招待. 2012, P36-37
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