お前が死んで喜ぶものにお前の文体の舵を任せるなの呼吸 伍の型

メイビー前回の続きである。直前までエルデンリングで影の地を散策していたのだが、気が狂ったお爺ちゃんが頭に刺さった棘を首ごと引っこ抜く場面に遭遇してしまった。そのすぐ後に書き始めているため、今回の記事でどこかおかしい部分があれば全てあのお爺ちゃんのせいである。留意して読んでほしい。

前回の課題を振り返る。お題は繰り返し。語句の繰り返しは己のリズム感が許すなら好きだし、構成上の反復だったら「うまく機能する反復を書き始める前に思いつけたら実質勝ち」と思っているくらい大好きなので楽しく書いた。過去の作例で反復を使っているもので言えば、ピンクの象を考えないがある。メインキャラクターが死に戻りするという設定のため、ものすごく反復している。未読の方は読んで俺の反復好き具合を確かめてほしい。

回答一

 RV車で行ったビーチには、まだ七月なのに殺人的な日差しが照りつけている。車内で紐みたいな水着に手早く着替えると、パラソルとビニールシートを抱えて砂浜に向かうが、急いで設営しないと体力が削りきられてしまうかもしれない。砂を掘って棒を突き刺す、傘を広げて日光を遮る、端を紐で固定する。この作業を終えただけで既に肌は汗でびしょ濡れになっている。日焼け止めも大半が流れているだろう。黒い肌に白い線が走る体は色っぽいかも知れないが、あまりそんな形で目立ちたくはない。やり過ぎを咎めるように太陽を睨めつけると、目眩がした。視界の中で無数の紐のようなクズが飛蚊症のようにちらついている。「お姉さん一人~? 日焼け止め塗ってあげようか~」と声をかけてくるのは、遅れてきた彼氏だ。設営を全部彼女にさせやがって、このヒモ彼氏め。

同じ語句を最低三度繰り返せというお題である。暑すぎて夏をテーマに書く気しか起こらずにこういう内容になった。そういうテーマの選び方は短絡的すぎて嫌なのだが、暑すぎる気温は俺に妥協を許容させる。繰り返している語句は「紐」で、紐のような水着、シートを固定する紐、視界にちらつく紐のようなもの、ヒモ彼氏と、四度登場している。今読み直して思ったが「紐」という概念の柔軟性が高すぎて(6部で主人公のスタンドに採用されるだけはある)頻出しても「また出てきたな?」感がすごく弱い。もっと強度の高い語句を選択したほうが良かった。紐のような水着と書きたくなりすぎたのが悪い。

回答二

「その後の彼の行方は、誰も知らない。これで私の話は終わり」フーっと、ロウソクを吹き消す。「じゃあ、次に話すのは誰?」

 夏恒例となった百物語の会に、佐藤が死神を連れてきたときは驚いた。佐藤が言うには「ちょっと特殊な仕事をやってるだけだよ」らしいが、人の命を奪ったり寿命を管理したりする存在はちょっと特殊ぐらいではすまないだろう。と思っていたのに、会が進むたびにその認識は少しずつ変わっていった。死神のくせに、怖い話でちゃんと怖がってくれるのだ。今も私の定番の話に、肩を擦って寒さに耐えるような仕草をしている。こんなにも蒸し暑い夜なのに。

 百物語の会といえば、参加者が怪談を話すたびにロウソクを一本吹き消していき、百本全部消されたときにはなにか恐ろしいことだ起きると言われている、日本の夏定番の催しである。とはいえ実際に参加したり開催した人はそう多くはないだろう。なにせ、やる前の準備が大変だ。参加者集めに会場押さえ、火の用心に怪談の準備。気楽にやるにはやることが多いし、それに百本も怪談を集めると、その大半はノルマ達成のための定番ものやクオリティの低いものになりがちで、会の大半は退屈な時間になりがちだ。しかも百話終えたからといって、これまで怪異が起こった例もない。リターンが少ないのだ。

 でも今回は違う。百話終える前にすでに死神が登場し(……よく考えたら、フライングでは?)参加者に程よい緊迫感を与えているし、そのリアクションには新鮮味があって、話し飽き始めていた話者の表情も生き生きとしている。久しぶりにやってよかったと思える百物語になりそうだ。

 残りのロウソクは八十九本。「そろそろ、死神さんも話してみない?」と振ってみると、意外にも乗り気で「あてくしも、そろそろ話したほうが良いかと思っとりました」と二つ返事で引き受けてくれた。

 あてくしはね――と、死神は話し始める――皆さんもうご存知の通り、死神です。今日は鎌を持ってませんし、黒いフードも被っとりません。顔もこの通り骸骨ではなくて、おまけに中々のイケメンです。おや、異論がお有りですか? 勇気のある方だ、寿命が惜しくないんで? と、ははは、冗談です。あてくしは仕事には真面目でやすから。人の寿命を私情で左右したりはいたしません。友達に土下座でもされたら別でやすがね。

 死神の仕事についてはご存知でしょうか? 落語に詳しい方なら馴染があるやもしれません。死が近づいた人間のそばに佇んで、お迎えの瞬間が来れば魂を回収する。そんな仕事でございます。どうやって死が近い人間を見つけるかと言いますと、死神の目には皆さんの寿命がロウソクとして見えておるんですな。長いロウソクに小さい火が燃えているだけだと、まだまだ死にやしません。短いロウソクが普段より灯りを増すようになると、これはもう危ない。死ぬのは時間の問題です。あてくしの就労時間ってわけですな。ロウソクの火が消える瞬間、命も尽きるわけです。たまに勘違いされる方がおるんですが、これは比喩ではございやせん。人の命がロウソクの火のようなのではなく、人の命はロウソクの火なのです。

 そしてあてくしたち死神は、この目でロウソクを見るだけでなく、手でロウソクに触れることもできるんでございやす。つまり、人の死に立ち会うだけでなく、やろうと思えばその寿命に関与することもできるんですな。なんてことを、先日居酒屋でそこの佐藤さんにお話いたしやした。べろべろに酔っていた佐藤さんは面白がって、あてくしをこの会に誘ってくださいやした。面白い趣向を思いついたと言って。どんな趣向なのか、あてくしは聞きました。そしてはじめは断りやした。プロフェッショナルの矜持があてくしにもございやすから。でも先程も言った通り、土下座されたら話が違います。大事な友人がなけなしの矜持をなげうって頼んどるんです、応えなければ嘘でございましょう。酒の勢いがあったとはいえ、です。

 その趣向というのが、この部屋に並べられているロウソクでございやす。あてくしは皆様の中から一人事前に選んで、その方の命のロウソクをこの中に一本混ぜやした。今まで吹き消された十一本のロウソクは、運良くその命のロウソクではありやせんでしたが、次の一本がそのロウソクではないという保証はございやせん。ロウソクの火は命です。吹き消されれば、当然その人は、お亡くなりになりやす。

 おや、佐藤さん。顔色を青くしてどうなさいやした。あてくしはあんたが頭を下げたからこうやって協力しておるのです。もっと楽しげにおやんなさい。

 いえ、百物語なのですから、怖がることが楽しむことなのかもしれやせんな。あてくしの話はこれでおしまいでございやす。

 話し終えた死神は、フーっと、ロウソクを吹き消す。「では、次に話すのは誰でございやしょう?」

構成上の反復を書けというお題。最初にロウソクが吹き消され、最後にもう一度ロウソクが吹き消される。小話としてまとまっていて良いんじゃないでしょうか。死神が百物語に参加するという出落ちでしかない気もする。まぁ良いでしょう。ただ「あてくし」は味付けが濃すぎる気がする。そこまでせんでもええんではないかと小生は考えますが、いかがでしょうか。

さて、本日のお題は「形容詞と副詞」である。今までル=グウィンせんせーは「文章は長くても良い!」「単語は繰り返しても良い!」と割とフリーダム寄りな主張をしていたが、この段になると〈血を吸うダニ〉や〈本当にでかいダニ〉や〈大型のイタチ〉〈脂肪〉などと、文章を無駄に肥え太らせるパーツを躊躇せず罵りまくっている。よっぽどいけ好かないんだろう。
なので、こんな課題になる。

練習問題⑤簡潔性
 一段落から一ページ(四〇〇~七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

回答
 音は聞こえていなかった。胸を震わす振動だけを感じていた。
 スターターピストルの引き金が絞られる。破裂音が大気を伝わり、走者の鼓膜を震わせた。
 腕が振り上げられ、上体が起こされ、グラウンドは蹴られた。聞こえていなかった音が、聞こえるようになった。足音。歓声。風の音。
 隣のレーンを走る選手を突き放す。腕も横顔も後ろに流れていき、四秒で見えなくなった。
 集中するほど、視界が狭まる。針穴の点の中に、グランドに引かれた線が見える。先頭を走って、あの線を越える。そのために腕を、足を、肺を動かす。走りながら、笑っていたような気がする。細胞の一つ一つまで連結しているのを明瞭に感じる。体の全てが支配下にある。
 なのに、足の裏が裏切った。地面から離れるタイミングにズレが生じた。生じた綻びが、弾ける。動きが一体感をなくす。連結が外れる。点になっていた視野が、広がる。見えるようになった領域に、他のレーンの走者が侵入してくる。
 許せない。叫んだ。腹から、口から、全身で。全身で叫ぶことで、一体感が戻ってきた。連結はまだ嵌まらない。だが眼前には目標のラインが迫っていた。
 間に合え。腕も足も、放り投げるようにゴールに飛び込む。
 勝敗は分からない。納得出来ない走りだったことだけが、分かる。

今回の舵取りは終わり。もし見逃して副詞や形容詞を使ってしまっていたらそっと指摘してください。そっと直します。