お前が死んで喜ぶものにお前の文体の舵を任せるなの呼吸 弐の型

さて、前回の続きである。

まずは前回課題の復習からしていきたい。声に出して読むための語りの文章、引いては自分の文章のリズムを意識して書くこと。
正直、言われるまでもない。と、思った。文章を書くときに、リズムを意識しなかったことなどない。頭の中で文章をこねくり回しているときに何を探しているかといえば、文章をどの形にすればしっくり来るリズムになるかを探っている時間が大半なのだ。

とはいえ、この機会に改めて考えて気付いたこともある。自分にとっての「文章のリズム」の意味合いだ。音楽的な意味の「リズム」では、どうもないらしい。
では、どういう種類のリズムなのか。俺の脳内にある「文章のリズム」と近い概念は、「最適化された行動のテンポ」であるとか、もしくは「特徴的な攻撃のタイミング」であるような気がしている。解説する。

両方、ゲームの話である。最適化された行動のテンポの一例を上げると、スプラトゥーンでチャージャーがチャージキープを駆使して敵を撃ち抜くときの一連のタイミングだ。キュウウ(チャージ音)シュイン(チャージ完了音)ポチャ(潜る音)プリリリリ(泳ぐ音)シュポ(飛び出す音)ズドン(撃ち抜く音)。敵を倒すための動き。これが最適化された場合のテンポが、脳に心地良い。俺が文章で意識しているリズムとは、これではないのか?
特徴的な攻撃のタイミング、これはエルデンリングの話である。マレニアの水鳥乱舞(フワッと浮き上がって、シュババババ、シュババ、シュババババ、ギュパン!)や、泥濘の騎士の馬とのコンボ攻撃(回転攻撃ギュルルルル、馬ズドドドド、ギュルルルル、ズドドドド、ギュルルルルのあとに浮き上がってストッと乗馬)。ああいう何度も食らって死ぬうちに、脳に焼き付く攻撃のリズム。俺は文章でもそういうリズムを探して脳みそをこねくり回しているのではないか?
だからどうした、という話である。大したことではない。でも、前者で言えば初心者の最適化されてない行動のテンポは、音を聞いているだけでぎこちなく感じてしまう。これは文章に置き換えても同じことは起きている。後者であれば、特徴的でないリズムで攻撃をしてくる敵であれば、そいつに追憶ボスの貫禄など宿りようもない。死角からプレイヤーを襲い多数で囲んでボコり殺すくらいの役がせいぜいであろう。文章に置き換えると、特徴的なリズムを持たない文章に格式は宿らないということだ。

みたいなことを考えていた。さて、では第一回の回答。

回答1
 コッ、と口蓋で舌を鳴らした音が校舎に響く。反響する。エコーロケーションというやつだ。目の見えないわたしの視覚を補ってくれる。壁の形状、床の材質、だいたいなんでも分かる。わたしの腕を引いている友達の立ち姿も、頭の中に音像で浮かぶし、その細かな表情さえも取りこぼすことはない。
 だから正直、助けなんていらないのだ。そう何度言っても友達はわたしの腕を引くことをやめてくれない。見ていてヒヤヒヤするからだ、と友達は言う。自分が安心を得たいだけの自己満足なんだよ。悪いけど付き合ってよ。そんなことを言われて、そこまで言うなら、と了承してしまった。でも、正直うんざりしてきた。
 悪いなら付き合わないよ。今度はそう言ってみよう。

声に出して読むための文章である。「口蓋」と「校舎」で頭韻を踏んでいたり、「響く」のあとに「反響する」と繰り返していたり、そういうところで工夫を凝らしている「ように見える」のではないかと思いながら書いた。読み返してみると、まぁ「ように見える」のレベルにしかなっていないな、と思う。
でも文章の終わりのところのリズムはいいと思う。終わり感のあるリズムになっている。エルデンリングでいうところの、敵の攻撃が一段落してこっちの攻撃を挟むチャンスタイミングだ。そういう表現が出来ているような気がする。

回答2
 思わず出た声がしわがれていたことに驚いて、彼は目を見開いている。声が、男とは思えない可憐な声が彼のアイデンティティだったのだ。声変わりによってアイデンティティが奪われようとしたとき、彼は己に話さずの誓いを立てた。それが今、破られた。不意に持ったボールペンを、手が白くなるまで力を込めて握りしめる。その先端が喉に向かう。彼の喉に、黒いインクで点が打たれる。赤い雫がぷつ、と丸く浮き上がる。

動きのある出来事、強烈な感情を抱いている人物の描写という課題。読み返してみると「描写する」ということへの意識が甘いような気がするが、とはいえ感情や行動を一段落でちゃんと表現出来ているんじゃないかという自負もある。声に出して読むことを考えると「それが今、破られた」のところが良いアクセントに思えるし、手が「白く」なる→「黒い」インク→「赤い」雫と、ここが声に出して読むときの強調ポイントですよ~みたいなのが分かりやすくて良いと思う。いやけどやっぱり、描写としては甘いかも。

振り返り終わり。第二回の課題の時間だ。
お題は句読点。句読点を学ぶことは文法を学ぶことであるし、逆もまた然りであるらしい。文法の話であるから、ル=グウィンの語りはポリティカリー・コレクトネスにもジェンダーレスにも繋がっている。文章を書くときにそういうことを意識するのは、もうとっくに当たり前なんだろう。

練習問題②ジョゼ・サラマーゴのつもりで
 一段落~一ページ(三〇〇~七〇〇文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落など他の区切りも使用禁止)。
テーマ案:革命や事故現場、一日限定セールの開始直後と言った緊迫・熱狂・混沌とした動きのさなかに身を投じている人たちの群衆描写。

これ括弧もカギ括弧も禁止かな。禁止だろうな。やるか。

回答
 一人のサッカー少年の走っている音が聞こえなくなりぜぇはぁという呼吸音が目立ったかと思えばバタリと倒れた慌てて駆け寄ると肌からの放射熱がすごくて熱中症だ救急車を呼んでと大声で指示するとようやく審判がピーッと笛を吹いて試合が中断する判断が遅いと思いつつ水をバシャバシャとかけ誰かのママさんが持ってきた経口補水液を口に含ませるとまたバタリと別のサッカー少年がくずおれて救急車追加でもう一台と大声で追加発注をかける水がバシャバシャバシャバシャ経口補水液もごくごくごくごく全部二乗でこれまだ増えるなと思って体調怪しい子は全員屋内避難と叫ぶも屋内に移動するまでの百メートルで今度は五人がバタリバタリバタリバタリバタリと倒れて救急車あるだけ呼んでと叫ぶも熱中症多発はこの試合だけに起こっている現象ではないだろうしどうせ足りない車出せる人は用意してくださいと指示するが受け入れてくれる病院をどう探せば良いんだろう救急隊員に聞けば良いのかと考えていると最初の一台がサイレンを鳴らしてやってきて良かった一台はなんとか確保できたんだと思っていたらサイレンはドップラー効果を体現しながら通り過ぎていったそしてまたバタリバタリ

第二回は以上。また次回今回の課題の振り返りからはじめたい。それでは!