大切な思い出を事故で突然失う
災害に備えて備蓄をしたり、急な病に備えて入院セットをつくっておいたり、ある程度の備えはできます。しかし、いつどのような事故、トラブルが起きるかは予測できません。そこでいろいろな想定、シュミレーションは必要ではないかと思います。
特にひとり暮らしの場合は、いろいろな場合を考えておいた方がよいかもしれません。しかし、ひとりであれこれ考えると落ち込むかもしれませんから、できればひとり暮らしの友人とゲーム感覚で、考えてみてください。
もしかしたら友だちづくりから始めた方がよいかもしれないと思う人もあるかもしれませんが、それも大事なことです。また高齢の親などご家族が遠方でひとり暮らしの場合も、想定が必要でしょう。まずはこのようなこともあると知っていただくことが最初の一歩でしょうか。
実家を片づけておいたほうがいいのは、なにも「ものが多いと転倒して危険だ」という単純な理由からだけではありません。
「整理しておけばよかった」という瞬間は、ある日、突然やってきます。
70代後半でひとり暮らしの治代さん(仮名)は、夫に先立たれながらも、地域の活動にはとても積極的で、地域コミュニティでもリーダー的な存在でした。
ところが、ある日、外出して歩道を歩いているときに、後ろから走ってきた自転車とぶつかり転倒し、救急車で病院に運ばれました。
すぐに手術をして大事にはいたりませんでしたが、大腿骨を骨折、医師から言われたのは「退院してもひとり暮らしは無理でしょう」という、思ってもみない言葉に、治代さんはとてもショックを受けました。
退院後のこともしばらく考えてみたものの、たしかに退院しても不自由な足では家事もできません。そこで病院のケースワーカーに相談し、結局、治代さんは住み慣れた家に一度も戻らず、有料老人ホームに入居することになりました。
親族は甥がいるものの、何十年も連絡を取っていません。治代さんの友人が身の回りのものをまとめて、老人ホームに届けてくれました。また、家は借家だったので、荷物の処分も友人に託しました。
治代さんは着替えやわずかな衣類しかホームに持っていくことができず、着物など大切な思い出の品を失ったのです。
「こんなことなら、着物もお世話になった方たちにもらってほしかった」
「日記や思い出の品も、自分で片づけたかった」
治代さんは早めに整理しておけばよかったと悔やみ、1年後、その老人ホームで亡くなりました。
『老前整理のセオリー』 2015年 NHK出版新書より
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