神話
ぱっと手を広げた彼女を見ながらアマリオは微笑む。
「…リゼがクローク一の技術者だったんだね」
「そう!…言わなかったの怒った?」
アマリオの表情をを伺うように見たリゼは罰が悪そうにしている。
「いや、凄いなと思ってね」
そう言った途端に喜色を顔に浮かべ、胸を張る様はやはりどこか幼く見えてついつい構ってしまう。
「そうでしょ、頑張ったんだから!まぁ好きでやってるのもあるんだけどね…というか、さっきから私の事なんか小さい子扱いして無い?私多分アマリオよりお姉さんなんだからね!」
腰に手を当ててそう言ったリゼは言外にアマリオに歳を言えと言っていた。
「僕は今16だよ。リゼは?」
「……16」
不満気な様子でポソッと言った歳はやはり最初に感じたものと同じでアマリオと同じくらいの歳だったらしい。
同じくらいの歳頃の人間と話すのは何年ぶりだろうか?
その事実に少し嬉しくなりながらアマリオはからかうように言葉を続ける。
「同い年だったね」
「い、良いから!父さんもアマリオもその微笑ましいものを見る目をやめて!もう!…あ、そうだ!私に用があるんだよね?何?クロックワークの修理?それとも新しく作るの?どんなのがいい?大きいの小さいの綺麗なのシンプルなの豪華なの、機能性重視とか見た目重視とか!なんだって作れるんだから!」
ガサガサッ、と勢いよく机の上を開けて設計図用の紙を広げたリゼがペンを片手に聞いてくる。
アマリオの目の前にはふよふよと今まで彼女が作ったのであろうクロックワークのデザイン図が浮いていた。
それを折らないように気を付けて顔の前から寄せるとアマリオはリゼに声をかける。
「一旦落ち着いて、今日は職人の君じゃなくてクロークの上役の君に用があって来たんだ」
こちらが喋る暇も無いほど喋るリゼの言葉の隙間にどうにか入り込んでアマリオはそう言った。
瞬間、つまらなそうな顔に変わったリゼがペンを放り出す。
「…なぁーんだ、てっきり何か新しいものが作れるかと思ったのに…まぁいいや、分かった。それで、用事は?」
「星に関する資料が見たい。今、夜の星が消えかけてるのは知ってるよね?僕達はそれを解決する為の手掛かりを掴む為にここに来たんだ」
アマリオの言葉に少し考え込んだリゼは紙の繊維に紛れ込んだ汚れを取ろうとするように紙の表面をカリカリと引っ掻いている。
彼女の顔は既に先程までの無邪気な少女ではなく国の上役らしい真剣な顔に変わっていた。
「そっか…確かに、技術優先のうちの国でも少し不安が広がってる。はぁ、二日前の朝からスワンの挙動がおかしいと思ったら…君達がセルニからうちに来た事をもうスワンも知ってるんだろうね。今はうちの国まで警戒されてるみたいだし」
「…迷惑をかけてしまってすまない」
「いいよ、アマリオとマールズ、あとミラも巻き込まれたんでしょ。セルニとの国交パーティで君達の事見た事ないもん。クラウンの事は遠目から見た事あるけどそれだけだし」
「いや、ミラは自分から志願してきたんだ」
クラウンがリゼを訂正すると一瞬視線をあげ、ミラをみたリゼがまた紙を整える作業に戻り、しばらくして取れないと諦めたのか立ち上がって言う。
「へぇ…随分信心深いんだね。ま、いいやついておいでよ。王城の資料室に案内してあげる。私としてもこの事態はこれ以上悪化する前に解決したいからね。父さんしばらく出てくるね」
「あぁ、しっかり協力してやりなさい」
「はーい」
リゼの後について王城に向かう間、アマリオ達は自分の持つ情報をリゼに伝え、必要な資料の位置を絞ってもらった。
何せクロークの資料室は上にも下にも横にも先が見えない程に広い。
多少は絞らなければ見つかるものも見つからないのは自明の理だった。
「ここが資料室。確かセルニには千年くらい前までの資料はあったよね?それ以上昔のやつだったら地下にあるよ。このエレベーターを一番下まで降りたところ。解読は手伝うから五人で探すとしよっか」
腰に手を当て、仕方ないというように笑ったリゼは確かに本人が言っていたように「お姉さん」らしい。
「ありがとうリゼ」
「いいよ、私達の世界に関係することじゃん。それに!友達でしょ」
「…あぁ」
エレベーターの鍵を持ってくるというリゼに着いて言ったアマリオの後ろ姿を見ながらクラウンとマールズが腕を組んでにやにやとしている。
「なーんか、いい雰囲気ですねぇ」
「息子の成長を感じる…」
頷きながら、流れてもいない涙を拭うふりをするマールズとクラウンの事を横目で見ながらミラはどこか不満そうだった。
「この様な事態の時にそんな事にうつつを抜かすなど…」
「若者の醍醐味ですよ、それを奪う権利は俺達にありません。そもそも調査は進んでいるんですからそこまで気負う必要は無いのでは?」
彼女はクラウンの言葉を聞いてもまだどこか不満そうだったが、一旦は口を噤む事にしたらしい。
それから話題は逸らされ、アマリオ達が戻ってくるまでぽつぽつと続いた。
エレベーターを降りた四人はそれでも膨大な量の資料を片っ端から見て精査していく。
が、既にアマリオ達が手に入れていたもの以上の資料は見つからない。
「うーーーーん!駄目だ!無い!どれもこれも星の輝き方とか朝と夜の変動の仕方、占星術とかそればっかり!そもそも今の事態が不足の事態すぎて前例とか原因を特定出来るものが無いとか?」
本を閉じたリゼが備え付けの机に体を放り出しながら言う。
「…その可能性が無いと言えないのが怖いね」
アマリオが本から目を離さずに答えると勢いよく立ち上がったリゼが叫んだ。
「こんな所にずっと籠ってたら思いつくものも思い付かないよ!外に出て気分転換に食事でもしよう!」
「確かに…そろそろ昼時か」
クラウンが腹をさするとリゼがビっ!とクラウンを指差すと詰め寄る。
「昼なんかとっくに過ぎてるから!私もうお腹ぺこぺこ!ミラ達も行こ、ご飯は大事!」
「いえ、私は…」
「いいから!なんかいいもの見つかるかもしれないし!ほら行くよ!」
断ろうとしたミラの手を引いてリゼは問答無用で走り出した。
リゼおすすめだというレストランに入り、それぞれ食べたいもの─リゼは本当に食べ切れるのか疑問な量の料理とスイーツを頼んでいた─を頼みそれぞれが思い出した空腹を訴える胃を宥めた。
それぞれが食べ過ぎたと言う程リゼに食べさせられた三人は腹ごなしの為に街を歩く事になる。
このまま戻れば最悪貴重な資料を汚してしまうかもしれないからだ。
しばらく歩いた後、アマリオは視界に気になるものを見つけた。
深い焦げ茶色木材で出来た半円のガラスのショーウィンドウに丁寧な装丁の本が並べられた店。
落ち着いた色の硬い表紙の箔押しが美しい装丁の本は幼い子供だけでなく、大人に片足を突っ込んだアマリオの関心も引いた。
「ここは?」
「そこ?そこはクロークで有名な童話とかステラ信仰の神話とかの本を専門に取り扱ってる本屋だよ。入ってみる?」
「そうだね。少し見てみてもいいかな」
アマリオの言葉にミラは私はそろそろお腹も落ち着いたので、と先に戻る事を知らせた。
「私は先に戻って資料の続きを調べますね」
「…それなら私も同行するとしようか。アマリオ、また後程合流しよう」
「俺もそっちに行こう。お二人はゆっくりそっちを調べてきてくれるか?」
クラウンとマールズまで戻ると言い出し、空気はやはり自分戻るとは言い辛いものになっている。
その勢いに押されるように頷いたアマリオは店の入口で扉に手をかけて待つリゼの元へ向かう。
「え?あ、あぁ。分かった。また後で…」
店の中は外装と同じくシックで落ち着いた雰囲気の店内で、暖色の星を模した照明が淡く暖かく室内を照らしていた。
二階はカフェスペースになっているのか、ティーカップのイラストと艶のあるチョコレートケーキのイラストが描かれたボードが置かれている。
しばらく店内を見て回っているとアマリオは一冊の本を見つけた。
紺色のハードカバーに箔押しで星と、柔らかい色で二人の子供が書かれた本だ。
「これは?」
「あ、それ?それはねぇ、クロークで良く寝物語にされる童話だよ。細かい事は全然覚えてないけど確かなんか仲がいい友達がいて、ある日友達が死んじゃってそのせいで世界が崩れちゃってみたいな…言ってて分かんなくなってきちゃった。読んでみる?」
「そうだね。ちょっとまってて買ってくる」
「分かった。二階に読む為の場所あるからそっちで待ってるね」
「うん」
居眠りをしていた店主に声を掛け、本の代金を払うとアマリオはリゼの他に誰もいない二階のカフェスペースに向かった。
テーブル席で既に暖かい紅茶とまた大量のスイーツを目の前に並べたリゼがこちらに軽く手を振っている。
「お〜おかえり。無事に買えた?」
「いけた」
「良かった良かった。じゃあゆっくり読みなよ。私はその間ここのスイーツをじっっくり楽しんでるから!」
フォークを構えてにやりと笑ったリゼはアマリオの返事を待たずに一つ目のケーキに手を伸ばした。
「あはは!ありがとう、そうするよ」
スイーツを楽しむリゼの向かいに座ったアマリオはゆっくりとその物語を読み込んでいく。
物語の半分ほど読み進めたところでアマリオは目を見開いてリゼを読んだ。
「ねぇリゼ」
「なになに、なんか見つかった?」
四つ目に手に取ったチョコレートシフォンをほうばりながらリゼがアマリオの手元に視線を寄越す。
「ここに「神様が見つけたふたりには世界を支える力があったのでした」って書いてあるんだけど」
「あぁ!そうそうそんな話だったなぁ。もう片方の子が生きてて、蘇りの薬を作る為に色んな所を冒険するんだよね。薬を与えるのはその子じゃないと駄目!みたいなのがあってさぁ…その子はすっごい頑張る訳。夜に父さんからそれを聞くのが楽しかったなぁ…」
「それは素敵な思い出だね…ってそうじゃなくて!この神様が見つけた二人って守護者のことじゃないのかな、と思って」
チョコシフォンの最後の一口を飲み込んだリゼが口の横に付いたクリームを舐めとって次のケーキを手に取りながら先を続ける。
「…じゃあこのお話の元になったのって…ステラ信仰の経典?まって、確かその話って夜に関する描写なかったっけ」
「うん、友達の片方が死んだ時の描写のひとつに、夜は更に暗く明かりの一つもありません、ってある」
「セルニの守護者ってさ、死んでた、よね」
「うん…少なくとも一人は確実に。もう一人は処刑されたって聞いてるけど…処刑の時は基本的に一日程遺体が晒されるはずなのに処刑された守護者に関しては遺体があがってないんだ」
いつの間にか次のケーキも食べ終わったリゼが最後のフルーツケーキに取り掛かりながら、予測を述べる。
彼女の胃は何かしらの魔法がかかってるのかもしれない。
「もしかして、まだ生きてるのかも。だから朝の星も輝いてて夜の星も消えきってないんだ」
「だとしたら、セルニの牢獄の中にいる、筈だ。これは童話だし、確証はないけど…ステラ信仰の経典が読みたいな。資料室にある?」
アマリオの問いかけにリゼは首を振った。
ケーキはもうない。
あるのはまだ湯気の立つ紅茶とクッキーだけだ。
「…うちの国にステラ信仰の経典の完全版は無いんだ。スワンは信仰の全てが外に流れるのを嫌がる人も多いからね。スワンにいけばいくらでもあるだろうけど…いいや、嫌がってられないよね。アマリオ皆と合流しよう。信仰が関わってるならスワンに協力を要請しなきゃ」
「マールズ!クラウン!ミラ!丁度良かった今合流しようとしてたんだ!手掛かりを掴んだよ!」
王城へ向かう道中こちらに向かってくる三人を見かけた。
アマリオが駆け寄っていって合流する。
「流石だ。俺達もミラの話から少し観点を変えて資料を探してみたんだ。そしたら見つかった。この事件の鍵は…」
「「ステラ信仰だ」」
クラウンと声を合わせて答えたアマリオに、彼も手掛かりを掴んでいた、と目を輝かせたミラが大きく頷く。
「その通りですわ!そしてセルニの守護者が死んだとされる日の晩、私の髪はこの美しい白髪に変わったのです」
自分の髪をわかりやすいように日に透かしたミラが笑う。
話の繋がりに首を傾げるアマリオにクラウンが補足した。
「……守護者の特徴の一つにその髪色がある。周囲の色を映す白髪と、夜空のような黒髪。一目見ればそれとわかるが、それと比べミラの髪は確かに白髪だが薄紫が滲んでいるだろう?だからてっきり違うと思っていたが、今は全ての可能性を考えないとな」
「つまり私が次の守護者である可能性があるということ。守護者とはお互いが認識して初めて守護者足り得るのですから、私の番になる方を探しませんと!私達が出会えばこの世界は救われる!幸い心当たりがありますの。その方は魔法族の国にいらっしゃるはずですから、私今から飛龍でセルニに戻って面会証を頂いてきますわ!その後スワンに手紙を書いて皆様がスワンに辿り着いた時に経典を頂けるように手を回しておきます!」
それでは皆様、と止めるまもなく飛龍の乗り場に走り去っていったミラを呆然と見ながら、アマリオはクラウンとマールズに説明を求める。
「…自分が守護者かもしれないと分かったらミラの頭の中にしかないステラ信仰の経典の中身と照らし合わせたらしくて、大興奮だったんだ」
「窘めても無駄だったな」
どこか疲れた顔で頷き合った二人はとりあえず、と自分達が得た情報をアマリオ達に共有しはじめた。