未知へ

 とりあえずどこか落ち着ける所で話そう、と三人はクローク王城の資料室に戻った。
出したままの資料を整理しつつ、各自自分達が得た情報を擦り合わせて行く。
「それで…そっちはどうだったの?」
アマリオが訊ねるとクラウンがひとつの資料を綺麗にした机の上に広げる。
それは古い資料でステラ信仰について記したもので、教典とはまた違っていたがかつての神話時代についてまとめたもののようだ。
資料には先程アマリオ達が見つけた童話よりも詳しく守護者についてのことが書かれている。
「ここの守護者についての記述に気になる所があった」
トン、とクラウンの指先が開いた資料頁の一節を指した。
«所謂守護者とは、神がこの世界の安定を図る為に置いた楔であり、錨である。彼らを通して神の力をこの地に満たすことでこの世界は存在しており、彼らが正規の手順を踏まず、死を迎えることはこの世界の崩壊を意味する»
「この資料は初代ステラ信仰の信者が学びを書籍化し、より広めようとしたものだ。教典とはまた違うが、内容は大きく変わらないだろう」
「これはどこに?」
「あまりにめぼしい情報が無いから切り口を変えようと思ってね。星と言えば信仰との関わりが深いだろう。アマリオが気にしていた本屋にもそれらしいものがあったのも思い出して…そちらを少し見てみようと思って探したら見つけた」
そこだ、とクラウンが指し示した場所は確かに最初アマリオ達が探していた場所や内容とは離れており、探していない場所だった。
「なるほど」
「とにかくこれで多少今の現象に説明はついた。…結局、全部セルニの自業自得だった訳だ」
背もたれに深く背を預け、大きな溜息をついたクラウンがぐしゃりと髪を乱す。
「自業自得?」
「あぁ。王を殺し、守護者を殺し、私欲に溺れた愚か者の、それを気付けず、止められなかった俺達役人の自業自得だ」
クラウンの言葉にアマリオ達は首を傾げる。
守護者を殺し、と言ったが、守護者はもう一人の守護者が殺したのであって国の関与は無かったのではないのか。
「…守護者は、剣士の守護者が魔法の守護者を殺したんじゃないの?」
リゼの言葉に跳ねるように椅子から立ち上がったクラウンが強く机を叩いて叫ぶ。
見開かれたその目には間違いなく涙が浮かんでいた。
「っ違う!あの人はそんな事しない、絶対にしない!」
「クラウン、君は…」
クラウンはアマリオ達の顔を見てしまった、と言うように黙り込んだ。
「………」
「全部話してくれ。僕も自分達の命がかかってる。君とは良い友人になりたいと思っているけれど、それよりも僕は僕と家族の命が大事だ」
下を向いたまま唇を強く噛んで黙ったままのクラウンの目の前にリゼが立って、言う。
「…私がさぁ、口出し出来ることじゃないかと思ったんだけど。そっちの国の不手際でうちやスワンまで巻き込まれてるみたいだし私にもちゃんと教えて。…それでこの事態を解決するの。クラウン一人に押付けたりしないから!そうでしょ?アマリオ、マールズ」
クラウンの肩を励ますように叩いて、アマリオ達に微笑んだリゼの顔は少し青い。
判断を一つ間違えれば国どころか世界ごとなくなりかねないのだから、仕方も無い。
「勿論。ここまで来たんだから今更手を引いたりしないよ。全部解決していつもの日常に戻るんだ」
「左様。私と私が忠誠を誓ったご主人方の息子の命が危険に晒されて、その上執事としての私の弟子がそんな顔をしているのに傍観者に徹せるほど、私は老いぼれてはいない」
アマリオ達の言葉を聞いたクラウンは随分長い間考え込んだ末に握っていた拳を緩め、身体中全ての空気を吐き出すように息をついて顔をあげた。
「………分かった。…そうだな、俺にはそうする責任がある。君達が思うよりずっと、ずっと重い責任が。それに、いいタイミングだ」
クラウンが胸元から懐中時計のような形の魔法具を出す。
それは時計と言うには針の数が多すぎる代物で、数字があるであろう位置にはそれぞれ別の鉱石が光っている。
「皆近くに…来てくれ。ここじゃ話せない。俺の師匠の元へ案内する」
クラウンを中心に円状に集まった三人はクラウンの次の言葉を待つ。
「お互い手を取って。俺の後に続いて唱えてくれ」
互いに手を取りあった四人はクラウンの言葉を繰り返す。
「…星の御名の元に神の祈りをここに」
「「「星の御名の元に神の祈りをここに」」」
「風の力を借り受け、我らを運ばん」
「「「風の力を借り受け、我らを運ばん」」」
クラウンが胸元から下げた魔法具の針が高速で周りだし、全てが同じ鉱石に集まった瞬間、強い風が下から吹き上げて舞い上がるような感覚の後に四人は先程とは全く違う場所にいた。

 「…ようこそ」
そこは今の時間とは思えない程暗い暗い森の奥深く。
クラウンの背後にはオレンジの暖かな光を灯した小さな家がある。
その扉が勢いよく開き、一人の少女が飛び出してきた。
「クラーク!どうしたんじゃ!怪我、はしておらんな!?あの子達に何かあったのか?!…?!お主らは誰じゃ!」
マシンガンのように喋った彼女はクラウンを守ろうとするかのように彼の前に立ち塞がり、鋭い目付きでアマリオ達を睨む。
クラウンをクラークと呼んでいたのも気になるが、それ以上に彼女の瞳を見て驚いた。
彼女の瞳は内側から翡翠の光をたたえていて、彼女が人間では無いことを明確に示している。
「落ち着いてください、彼らは協力者です。俺がここに呼びました。師匠、もう時間がありません。あれがもうすぐ行動を起こします」
クラウンのその言葉だけで大体の事を察したらしい少女がアマリオ達を目線だけで観察しつつ、クラウンに訊ねる。
「…予測より随分早い。何故じゃ」
「そこのアマリオが関係しています。詳しくは中で。あれも相当焦っていたようでようやくしっぽを出してくれました」
しっぽを出した、という台詞に少女は一瞬驚いた顔を見せたかと思うと腹を抱えてこの上なく愉快だと言うように笑いだした。
そして、アマリオ達の方へ大きく腕を広げ歓迎の意を示す。
「そうか…そうか!ハハハ!良くやったクラーク!あの子らの無念を思うと夜も眠れぬ気分じゃったが、良い!子らよ、我が家に入る事を許可しよう。わしらが持つ記憶の全てを見せてやる。存分に働くんじゃぞ!」
フィールアと名乗った少女に押し込むようにして家に入れられた三人の前にどこか不思議な金色の砂が入った砂時計が置かれる。
家の中は穏やかな生活感溢れる場所で場違いな落ち着きを感じた。
「これは過去の砂。まぁ特殊な素材から出来ておるんじゃが今それは割愛しよう」
クラウンはいつの間にかフィールアの右後ろに立っており、その仕草には彼女の弟子だという事がありありと浮かんでいる。
フィールアを見つめたまま突っ立っている三人の後ろからふかふかの座面が付いた椅子が膝を折る勢いで追突して、三人を座らせた。
「大事なのはこの魔法具が過去の全てを見せてくれるという事。お主らには今から過去を見てきてもらう。ワシとクラークはここで待つ。その目で真実を、人間の愚かしさを、その美しさを見てくるが良い」
三人の返事を聞くことも無くフィールアの手元で複雑な魔法陣が複数展開されていく。
慌ててアマリオが声をあげる。
「その前に聞きたいことが…!」
「えぇい!まどろっこしい!見れば分かるわ!起動の魔力はワシが補ってやる!いってこい!」
一際眩しく魔法陣がひかり、三人はそこで意識を失った。

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