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大掃除の神様(2)


おばあちゃんに頼まれた寝室の窓拭きを終え、
窓以外にも脚立を使い、ハナの背丈よりも頭二つ分ほど高い棚を拭いたり小物を整理し、床掃除もした。ハナは綺麗好きなところがある。ただ掃除をやる気になるエンジンがなかなかかからない。

おばあちゃんが進捗状況のチェックにやってきた。
おばあちゃんは少し驚いた顔をしながらも口には出さず、「すっかり綺麗になったわね。ハナありがとう。ハナはテキパキしているね。掃除がとっても上手だわ。」と褒めてくれた。
ハナはおばあちゃんの役に立てた事が嬉しくて、
自分の手際を誇りに思った。

「さぁ、お掃除はこれでおしまいよ。疲れたでしょう。お昼ごはんにしましょうね。めはり作ったよ。」

「めはり」と聞いて、激しい空腹感に襲われる。「めはり」とは「めはり寿司」のことで
和歌山県の郷土料理。俵形の大きいおにぎりを高菜の葉で包んだシンプルな料理だ。「目を見張るほど大きい」ということで「めはり寿司」と呼ばれているそうだ。
味の素を少し混ぜたお醤油を、ちょんちょんとつけていただくのがおばあちゃん流。高菜にくるまれた あっつあつのおにぎりに、ほんのり香るお醤油。考えただけで涎が出る。
ハナは、おばあちゃんが作るめはり寿司が大好きだ。おばあちゃんの「大好き」は沢山あるのだけど、その中でも上位に食い込むのがめはり寿司である。
おばあちゃんは和歌山県出身なので、めはり寿司以外にも和歌山の料理を作ってくれる。どれもハナは大好きだ。

雑巾とバケツを片付け、手洗いを急いで済ませて
テーブルにつく。おばあちゃんが用意をしてくれていた。大きなめはり寿司が2つとあたたかいお茶。「いただきます!」
ハナは丁寧な手つきで、小皿にお醤油を回し入れ
パラパラと味の素を振りかける。
ちょんちょんとお醤油をつけて、めはり寿司にかぶりつく。思いっきり口を開かないと食べられない。
今日もめはり寿司はあつあつだ。「幸せ。」そう、ハナは思った。

「ハナ。味噌汁もあるよ。そうめんの味噌汁」
「いる!」そうめんの味噌汁も大好きだ。めはり寿司と味噌汁の組み合わせはもっと幸せになれる事を、ハナは知っている。
すぐに熱々の味噌汁を、おばあちゃんが持ってきてくれた。一口啜る。
換気のため窓を全開にして掃除をしていたから、少し肌寒く感じていたがすぐに体の中はぽかぽかになった。
「おばあちゃん!おいしい!」
そんなハナを柔らかい眼差しで見つめ、うんうんと頷きながらおばあちゃんもめはり寿司を食べる。

ハナはめはり寿司も味噌汁もおかわりした。

「ごちそうさまでした」おばあちゃんはハナの食べっぷりに満足そう。湯呑みに緑茶を注ぎ足しながら、おばあちゃんが言う。
「少し一服したら、駅前の商店街までお正月の買い物に行きましょう。」

そう。おばあちゃんは「掃除は昼過ぎに終わるだろう」とハナに言った。確かに「掃除は」終わった。
手伝いはまだまだあるのだ。
お正月の買い物とは、おばあちゃんが作るおせち料理の材料だったり、正月飾りの買い出しの事だ。
ハナはこの買い物について行くのが好きな反面、
寒い中色々なお店を回るのが面倒だとも感じる。

「ママに頼んでお餅や大きいお飾りは休みの日に買ってもらってるから今日は細々したものを買いに行きましょう。」
細々したもの。何軒の店を回らなければならないのだろう。途方に暮れる。

ハナからすれば、スーパーでまとめて全部揃えればいい。休みの日、パパに車を出してもらえば少し離れているけど大きなスーパーに行ける。そこならおばあちゃんの欲しいものは一気に手に入るのに。と思うのだが、チェーンのスーパーに売られているものではダメなものもあるらしい。
特に黒豆や数の子、おせち料理の主役級の鯛なんかはおばあちゃんの目利きで、長年懇意にしている商店からしか買わない。

掃除が終わってもゆっくりできるとは考えていなかったが、多少は疲れている。
商店街はハナとおばあちゃんのようにお正月の買い出し客で溢れているにちがいない。
それを考えるとうんざりしたが、大好きなおばあちゃんのためだ。がんばるしかなかった。
堀君が参加するクリスマスパーティーの事を一瞬考えかけて、パーティーへの思いを振り払うように頭をぶんぶんと振った。
「執念深い」そんな自分がハナは嫌になりそうだった。行けないものは行けない。
ハナは今からおばあちゃんと商店街へ行くのだ。

湯呑みに残っていた緑茶をぐーっと飲み干して、
「急いで支度するね」とおばあちゃんに声をかける。
おばあちゃんは「ゆっくりで大丈夫よ。」と、もう一度緑茶を自分の湯呑みに注いだ。

(続く)




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