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大掃除の神様(3)
ハナは階段を駆け上がり、2階の自室へ飛び込んだ。
クローゼットにしまわれたワードローブを一瞥する。近所へ買い物へ行くだけだ。しかし
たかが商店街。されど商店街。同級生と遭遇する確率も高い。だらしない格好はしたくなかった。
ハナは少し考えてから、えんじ色のハイネックセーターとチョコレート色のキュロットに決めた。キュロットは巻きスカートの様なシルエットが気に入っている。
ダークグレーの厚手タイツを履き、焦げ茶色の手袋とニット帽も準備した。白いダウンジャケットを羽織れば、寒さ対策も万全だろう。商店街で長時間買い物していれば冷えてくる。
ショルダーバッグにお財布、ハンカチ、ティッシュが入っている事を確認して使い捨てカイロも詰め込んだ。「よし。」と呟き、玄関へ急ぐ。
おばあちゃんは既に準備を整えてハナを待っていた。ラベンダー色のコートにグレーのセーター、ゆったりとした黒のスラックスパンツ、モスグリーンのラウンドトゥパンプスを合わせていた。トートバッグもモスグリーンだった。ハナは「洒落ている」と思った。
「おばあちゃんお待たせしました!」ママに買ってもらったお気に入りのショートブーツを履きながら叫ぶ。
「ゆっくり行きましょう」おばあちゃんはにこやかに応える。
駅前の商店街まではハナとおばあちゃんがおしゃべりをしながら歩いて15分ほど。
ハナは道中、昨日の仲良しメンバーとのクリスマスパーティーのことをひとしきり話した。
おばあちゃんは相槌をうったり、驚いたり、笑ったりしてハナの話を聞いた。
おしゃべりに夢中になっていると、15分なんてすぐだった。
ハナが予想していたよりも商店街は大勢の人で賑わっていた。いつもよりもお店の人たちが威勢よく感じられた。ここからはおばあちゃんが司令塔。ハナは司令官に従うのみだ。「ハナ。はぐれないように気をつけてね。」そう言いながらおばあちゃんはハナの右腕をぎゅっと握って歩き始めた。
それからが大変だった。
ハナとおばあちゃんは魚屋、肉屋、八百屋、お菓子屋、お惣菜屋といくつも店を回った。
通常の買い物よりはるかに時間がかかる。
それも、おばあちゃんがじっくり品物を吟味することとお店の人とおばあちゃんの世間話に花が咲くからだ。
どこのお店でも、ハナは
「ハナちゃんまたお姉ちゃんになったねー!おばあちゃんのお手伝いしてえらいねー」と声をかけられた。上手く言葉が出てこなくて変な愛想笑いを返してしまう。褒められると、こそばゆい感じがする。
おばあちゃんは隣町に住んでると言っても
ハナの町はおばあちゃんの町との境界にあたる。橋を越えたらすぐおばあちゃんの町なのだ。
そのためおばあちゃんは日常的に、自転車をこいで商店街までやってきて買い物をする。
いい運動になる、とおばあちゃんは言う。
つまりお店の人もおばあちゃんと顔見知り。
何十年もの付き合いだ。
しょっちゅう会うのだから、話すこともないだろうとハナは思うのだがおばあちゃんの口は止まらない。どこに行ってもよく話す。
おばあちゃんがお惣菜屋のおばさんから品物を受け取ってからもまだ二人の話は終わらない。
ハナは少し離れたところに電柱があるのを見つけ
寄りかかった。ショルダーバッグから使い捨てカイロを取り出し、揉む。人混みの中で少し疲れてしまった。
行き交う人々を横目でみる。みんな大きな買い物袋を提げ、足早に去っていく。師走とはよく言ったものだ。本当にみんなが忙しそう。
雑踏とともに聞こえるのはクリスマスソング。
またクリスマスパーティーのことを思い出してしまった。プレゼント交換は終わったのだろうか。堀君は誰からのプレゼントが当たったのだろう。
考えてから悲しいようなさみしいような、変な気持ちになった。
涙がこぼれそうになり、あわててダウンジャケットの袖口で目元を拭う。と同時におばあちゃんが
おばさんに挨拶をして、こちらへ向かってくる。
「ハナ、お待たせ。ごめんなさい。疲れちゃったわね。」ううんと首を横に振る。
良かった。泣きそうだったことは気付かれていない。
買い物は全て終わったとおばあちゃんが言う。
ハナもおばあちゃんも両手いっぱいの買い物袋。正直なところ、これ以上荷物は持てないのでハナはほっとした。
「ありがとうね。帰りましょうか。」クリスマスソングに包まれながら、ハナとおばあちゃんは元きた道を引き返していく。冷えてきた。じっと立っている時間が長かったからだろう。足先がジンジンする。家を出たときはまだ明るかったのに、陽が沈み始めている。冬の夜は早い。雪もちらつき始めた。
二人は気持ち、急ぎ足になる。
(続く)