大掃除の神様(8)
前回のお話し
「落ち着かなければ。」思いっきり深呼吸をする。
12月の冷たい空気が鼻の奥をツンとさせた。
心臓はまだドキドキ波打っているが、頭は冷静だ。
「寒い……。」このままでは風邪をひいてしまう。
この後はおおみそかにお正月という楽しいイベントも控えている。
せっかくの冬休みに寝込んでいたなんて笑いものだ。
ハナは慌てて家の中に入った。
身体は芯まで冷えてしまったが心はポカポカと
熱を帯びている。
顔が自然とにやけてしまう。
玄関には、おばあちゃんが心配そうな顔をして立っていた。
「お客様、同級生だったのね。
ごめんなさい。立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど、
あまりにもハナが遅いから様子を見に来たの。
上着も持たず出ていったでしょ。」
ハナがいつも家で愛用している白のニットカーディガンを腕に抱えていた。
「ありがとう。ちょっと話し込んじゃった。」
浮かれているのをおばあちゃんに悟られないように、冷静に言葉を返した。
「ボーイフレンド?」などと野暮な事は聞かない。
おばあちゃんのこういう気遣いがハナは大好きだ。
ハナは再度、顔を引き締めたことを確認してから続ける。
「今日クリスマス会で交換したプレゼントを持ってきてくれたの。」
おばあちゃんが堀君との関係を詮索しないから、ハナの方から素直に話ができる。
ハナの言葉を受けておばあちゃんは驚いた。
「クリスマス会?そうだったの?言ってくれればよかったのに。」と悲壮な顔で言う。
「いいの!いいの!先におばあちゃんと約束してたんだから。」と、ハナは必死で弁解する。
あんなに今日一日おばあちゃんのお手伝いをする事を恨めしく思っていたのに。
否定する自分に内心苦笑した。
「そんなことより見て!
とっても綺麗でかわいいの。おばあちゃんも絶対気に入ると思う!」
ハナは、堀君からもらったクリスマスのオーナメントをおばあちゃんに見せた。
おばあちゃんもかわいいものは大好きなのだ。
「まあ、かわいらしい。」おばあちゃんは目を細めた。
「ツリーに飾ってごらんなさい。」
「うん、そうする。」ハナはクリスマスツリーを飾っているリビングへと向かう。
おばあちゃんもハナの後をついてきた。
「パパもママももうすぐ帰るって、さっき電話があったわ。今のうちにごはんを盛り付けて
二人が帰ってきたらすぐ食べれるようにしましょう。パパがケーキを買ってるみたいよ。」
「そうなの!?やったー!うれしいな。」ハナはオーナメントをツリーに飾りながら答えた。
「素敵ね。ますます華やかになったわ。」おばあちゃんはツリーを眺めて言う。
「いい感じだよね……。」天使とサンタクロースが並ぶように配置した。
お互いに相手を信頼して、寄り添っているようにも見える。
『私と堀君もこんな風になれるといいな。』ふとそんな気持ちがわいた。
ハナは少し顔が赤くなっている事に気づいた。
おばあちゃんがダイニングテーブルに次々と料理を並べ始めた。
ハナも配膳を手伝う。
クリスマスディナーは、おばあちゃんシェフの絶品フルコースだ。
にんにくがガツンと効いた唐揚げ、野菜ゴロゴロの濃厚クリームシチュー、
おばあちゃん特製ポテトサラダにタコとトマトのカルパッチョ。
おばあちゃんは根っからの料理好きで、伝統的な和食はもちろんの事 モダンな料理も作るのだ。
そしておばあちゃんの作る料理は、どれも世界一おいしい事をハナは知っている。
人数分のお皿とカトラリーを出しながらハナはぽつりとつぶやいた。
「おばあちゃん。大掃除の神様は恋の神様みたいね。」
「え?ハナ、なあに?」
クリームシチューを温めなおしているおばあちゃんに
ハナの小さな声は聞こえなかったみたい。
「ううん。なんでもない。」
そうハナが答えると同時に、玄関から話し声と鍵を開閉する音が聞こえてきた。
「ただいまー」
「パパとママだ!」
おかえりなさーい、と言いながらハナは
両親を迎えるため玄関に向かって走る。
ハナの後ろ姿を、クリスマスツリーを彩る
天使とサンタクロースが優しい笑顔で見守っていた。
(終)