アンダルシアでゲイのおじさんに5000ペセタでお相手を迫られた話
バルセロナ大学に留学中のこと。
平日は割とパンパンに授業が詰め込まれていたものの、週末は昼過ぎまで寝て寮の真向かいのバルでボカディージョを食べて、さらに寝るという生活を繰り返していたため、たまには少し遠出をしてみようと思いつき、土日でアンダルシアのマラガに行ってみることにした。
バルセロナにはガウディの設計した建築物が至るところにあったり、メインのランブラス通りではストリートパフォーマーの本格的なパフォーマンスを観られたり、すごく素敵な街なのだけれど、僕のイメージの中の「白壁の家々の扉にバラが刺さっているイメージ」というのはなかったため、アンダルシアでそれを見てこようと思ったのだ。
因みにマラガはピカソの生家があったり、「ヒブラルファロ城」や有名な大聖堂があったりと色々見所があるらしい。が、当時の僕はそんな下調べもせずにとりあえずコスタデルソルの中で一番バルセロナに近いという理由でマラガ行きを決めたため、結果何の観光名所も回っていない。。。
当時はニューヨークの同時多発テロの直後で、まだスペインがEUに加盟する前で、通貨もペセタという単位が使われていた。およそ1ペセタ=1円で、エストレージャダムという国民的ビールの350ml缶が自販機で70ペセタくらいで買えた記憶がある。
さて、夕方バスでマラガに着くと、オフシーズンのためか観光客らしき人もほとんど見当たらず、想像に比べ随分と寂しい印象の街だった。
兎にも角にも目的の白い街に来たのだから、街を歩きながら海岸まで歩いてみることにした。
海岸までは結構な下り坂になっており、坂道の両脇には生で見たかった〔ザ・白い街〕の白壁が続いていた。赤いバラは刺さっていなかったものの、バジルや唐辛子、ローズマリーなどのハーブ類や、アロエなどの鉢植えが壁際にセンス良く並べられていて、これだけでも来てよかったと思える光景だった。
さらに海岸まで降りてみると、水平線に沈む夕陽が眩しく、オレンジ色の太陽の周りが全て黒く塗りつぶされているかのようだ。しばらくして目が慣れてくると、沈む夕日の方向に向かって手を繋いだ男女の人影が遠くに浮かんできた。シルエットと歩き方から老夫婦のようだ。
僕の足元からその人影に向かって伸びている2人分の足跡を見ながら、いつか僕もこんな関係を築けるパートナーに出会って、一緒に老いていければいいなぁ、なんて思っていたっけ。
街の中心に戻ろうと坂を登っていると、見る間に暗くなってきて途端に何か寂しさや不安が込み上げてきて、同時に腹も減ってきたし、ビールも飲みたくなってきた。
開いているバルやタベルナの数もそんなに多くなさそうだったので、適当にそこそこ大きくて、そこそこ人の入っているバルに入った。
銘柄は覚えていないけれど、ドラフトを頼み、カウンターの寿司屋のネタケースのようなガラスケースの中に、銀色の四角いバットに入れられたタパスの中から、小イカのフライとマッシュルームのソテーをオーダーして、さらに何杯か飲んで外に出るとすでに真っ暗でかなり冷え込んでいた。
そろそろ宿を探そうと街を歩いていると、意外にきちんとしたホテルばかりで僕が泊まれるようなホステルは数軒しかなかった。
当時は携帯電話も持っていなかったし、インターネットに繋げるにはネットカフェかホテルのPCを有料で借りるかしか手段がなかったため、何の前情報もなく、とりあえず近くのホステルから入ってみた。
ところが、なぜか宿泊を拒否られるのである。
今日は満床だという。(ホステルは一つの部屋に二段ベッドが4脚〜アムステルダムでは広いところだと40脚ほど詰め込まれた部屋もあった!相部屋の宿泊施設で、当時は一泊2000円ほどで泊まれた)
そんなに宿泊者がいそうな雰囲気でもないのだが、そう言われたらしょうがない、次を当たるだけだ。
次のホステルに宿泊希望の旨を伝えるが、こちらも空きがないという。
ホントかよ。。。
その後次々と目ぼしいホステルは全て当たったが、信じられないことに全て断られてしまった。
本当に空きがなかったのか、白いOUTDOOR製のバックパック1つで破れたジーンズにチョンマゲスタイルの僕の風体を見て断られたのかは未だにわからないが、このままでは野宿決定なことははっきりしている。
たとえスペインの南部とはいえ、季節は秋、さらに海沿いということもあり夜はかなり冷え込む。きているものもスカスカの501にTシャツ一枚(上着くらい持って行けば良いのに)である。
さらに悪いことに、犬の鳴き声がするので振り向いてみると、野犬がそこここにいる。
この状況での野宿はあり得ないだろう。怖すぎる。
どうしよう、と頭を抱えた瞬間、途中で断られたホステルの受付を入ったところに、ソファがあったのを思い出した。
これしかない!犬が近づいてこないようにと祈りつつ、できるだけ奴らの目から視線を逸らさないようにしながら、件のホステルまで戻り、受付に座ってテレビでサッカーを観ていたオーナーらしきおっちゃんに、そこのソファで良いので一晩泊めてくれ、料金は正規の料金を払うからと半泣きで頼み込んだ。
おっちゃんは最初は聞く耳持たずの状況だったが、僕があまりにもしつこく引き下がらないため、テレビから目を離し、こちらを向いて「どこからきたんだ?」と質問をした。
「日本からです。バルセロナ大学に留学中です」
世間話を数分続けると、おっちゃんが言った。
「はるばる日本からね。実はさっきスペシャルルームがあるから、よかったら使ってもいいよ。」
「本当ですか!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
スペシャルルームとやらに案内されてみると、確かにスペシャルだった。二段ベッドでないばかりか、ベッドは部屋の中央にキングベッドが一つデーンと置いてあり、見るからにベッドスプレッドもフカフカそうだ。
しかもシャワーもトイレも部屋の中についている。
家なき子から一転、超VIPに昇格!
本当に渡る世間は仏ばかり、いや、これも日頃の行いのおかげかな、などとふざけたことを考えながら早速シャワーを借りて、着ていたTシャツにパンイチでベッドに潜り込むと、あっという間に眠ってしまった。
その夜、部屋のドアのあたりでガチャガチャというような音がする気がして、半起き状態でいると、今度はキィ…と扉が鳴ると同時に、少しずつこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
その瞬間、完全に目を覚ましたが、状況が把握できずに怖くて身動きもできない。
足音はどんどん近づいてくると、ベッドの横で止まった。するとベッドで寝ている僕のお腹の横の部分がギシッと重みで沈むのがわかった。誰かが僕の隣に腰掛けたのだ。
真ん中にポジショニングしていた僕は、全速力でベッドの逆端までローリングした。
そして、全てを悟った。
スペシャルルームはおっちゃんの自室だったのだ。
そりゃ広いし部屋にシャワーもトイレも付いてるよ。
おっちゃんが静かなイケボで囁くように話しかけてきた。
「5000pesetas…」
スペシャルルームだから一泊5000pesetas払えということか。
“いいですよ!5000pesetasなら全然払います!安いもんです!“
心の中で思いながら、「Vale…」(O.K)
と答えるとおっちゃんはにこやかに髭面で微笑んだ。
そして布団の中で僕の下腹のあたりを手で撫で始めた。
「!!!」
これは、、、
“いや、5000pesetasは払うけれども。
それでこの部屋に泊まれるんじゃないの?
あ、でもよく考えたらここはおっちゃんの部屋か、ああ、そういうことか!!“
そこからはおっちゃんに謝りに謝って一緒には寝ないこと、その代わり廊下のソファを陽が登るまでで良いので貸して欲しいことの了解を得て、ボロボロのジーンズとボロボロのバックパックを抱えてスペシャルルームをそそくさ後にしたのであった。