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「とろけさせて!スイーツ男子」第2話 スイーツ会夜パフェ編

・これまでのお話

おととしの冬。
コロナ禍で彼氏と疎遠となり、半年間かけて既婚者専用恋愛アプリで出会いを求めたわたしであったが、なかなかフィーリングの良い人に巡り会えず、既にいた男友達にも振られてしまった。
そんな中、デザイナーであるスイーツ好きな男性と巡り合い、2回目のデートでベッドイン。相性も良く、「月一回程度の割り切ったお付き合い」をすることになった。でもわたしはなんとなく割り切れなくて……
 

・念願の3回目のデートは夜パフェ


 12月。
3回目のデートは新宿にある「夜パフェ」専門店に行くことになった。
夜パフェとはそもそもご飯や飲み会の締めに甘いものを食べる札幌発祥の文化らしいが、甘いもの好きな「スイーツ会」を自称しているわたし達にはピッタリである。そう、わたしは彼とのデートをスイーツ会と呼んでいた。恋人でもないわたし達が会うのはデートというより甘いものを食べあう仲間というほうがしっくりくる気もする。
 
彼が探してくれた夜パフェ専門店は、新宿3丁目からほど近い、パフェテリアベルというお店。いつもは行列に並んで待つほどの人気店らしく、入り口に来店順序の番号を示す紙をプリントする機械が置かれていた。運よくこの日は待たずにすんなり入れた。
店内は白と木目を基調としたインテリアのこじんまりしたお洒落なカフェという感じだ。女性のお客さんが多かった。
メニューには凝った名前のパフェとその構成する中身が書かれている……
まるでフランス料理みたいに手の込んだ内容。
 
わたしは越冬白鳥という名前のパフェを選んだ。
メニューにはアルコールもあったので、わたしは赤ワインベースのサングリアをオーダーした。
「課題の『スイーツ男子』、書けましたよ。
文章にすることに同意してもらってありがとうございます」
「いやいや……照れるなあ。それ、皆さん読んだんですよね」
「はい。デジタル文集になって、講師の方や受講生全員が読みました。
今、読まれますか?」
「あ、はい、ここで読んでいいんですか?」
 
わたしも、パフェのお店でほかのお客さんがいる真ん中で、しかも本人の目の前で自分の書いた官能的な文章を読まれるのは恥ずかしかったが、承知した。
ラインのアカウントしか知らなかったので彼のアドレスを聞き、そこにテキストデータを添付して送付した。
「おもしろいですね……文章の中に自分が書かれるということが」
 
くすりと少し照れ臭そうに笑いながら彼はそう言う。
彼の行為によって、自分がどう感じたかをまざまざと書いている文章を彼にフィードバックのように読んでもらうということが、羞恥プレイに近いものがあるなあ、と感じながら、ドキドキしながらパフェを待つ。
 
「越冬白鳥のお客様」
待望のパフェが出来上がった。彼の燻製された竹炭クッキーの乗ったパフェもあとからすぐに来た。
「続きはあとで読みますね」
白鳥を形どった美術品のように美しいそれは、羽根のひとつひとつも丁寧に絞り袋から出されたチーズとホワイトチョコレートのホイップで形作られていた。
甘いクリームの中に甘酸っぱいルバーブとベリーのジェラートが仕込まれており、ホワイトチョコとの対比が絶妙だった。とても繊細な味わいである。
それぞれの味が絡み合い、単純に甘いとかおいしいという言葉では表現できない複雑な味わいだった。
 
「文章の中に書かれるということは」
 
わたしはお水を飲みこんでから言った。
 
「その言葉のなかに永遠に生きるということです。あくまでわたしから見たあなたが、ですけれど」
 
「とても面白いと思います。そんな経験は初めてだ」
 
面白いと言ってもらえて嬉しかった。
それは文章がということではなくてその経験をするということが、なのだけれど、わたしは充分に嬉しかった。
 
パフェを食べ終えてわたし達はホテルに移動しようとしたのだけれど、なぜかこの金曜の夜の新宿はどのホテルも満室でなかなか部屋に入れなかった。
同じチェーン系列の部屋数が多そうなホテルにまでタクシーで移動し、フードコートのような順番が来ると振動するブザーを渡されて、まるで亜熱帯のように木々が生い茂る待合室で待つ。
彼と話していたら待っている時間も苦ではなかったけれど、その分部屋で過ごす時間が短くなってしまった。
なんとなく、この日の彼は不完全燃焼という感じであった。
 
ホテルで熱い時間を過ごした後、慌ただしく洋服とコートを着込んでから、息も白くなる師走の歌舞伎町の屋外に二人でポンと出ると、冬の空気の寒さが沁みた。
歩道を並んで歩いていると、ふと彼の手を握りたい衝動に駆られたが、あんなに激しく抱き合ったのにそれが許されるかどうかは分からないのだった。その微妙な関係性がもどかしい。
 
「よいお年を」
 
彼に別れ間際にそうあいさつした。
「そうですね、もうそんな時期ですね。良いお年を。
今年は、世の中はこんな状態ですけど咲紀さんに会えてほんとに良い年になりました」
「わたしもです。いろいろとあったけれど、あなたに会えてよかった」
 
手を振り別れた。しみじみとそう思った、この年は年末まで紆余曲折あったけれど彼に会えてよかったなと。
本当に、来年は良い年になるといいな。自分やこの世の中のことも含めて。
そう思った。
 
帰りの電車の中で携帯を弄っていると彼からラインの着信があった。
 
「いま、読み終えました。やはり絶頂に達する部分の描写はとても熱を感じて良かったです。伝わってきました。あと、『自分のセックスが丁寧であることを、初回である今回わたしに印象付けたいのだと思う』
という表現よかったです。
当事者としてニヤリとしつつ、咲紀さんならではの表現なんだろうな、と感じました。」
 
そうだった、そんな表現をしていた。わたし正直に書きすぎるかな。
咲紀さんならではの表現、というのは肯定なのかどうなのか分からなかったけれど、全体的に褒められているような気がして感想をもらえたのが嬉しかった。
また続きを書かなきゃね。
 

・ステイホーム


 
年末年始の休暇になってもコロナ禍の状況は決して良くはならなかった。
むしろ感染者数はどんどん増加していって、帰省することを諦めたり、予定していた旅行を取りやめたりした。
自宅で過ごすことが途端に増えた。まさにステイホームである。
家族と過ごす時間が増えることは喜ばしいが、ずっとうちにいることもやることが限られ飽きてくるものだ。
欲求不満が募り、彼と会うことがとても楽しみだったが、会いたい、あなたとセックスがしたいというような文面で正直に直球すぎるLINEをすると明らかに戸惑っているという風な返信が彼から来た。
そう、彼だけに期待するような、依存するような関係はあくまでダメなのだった。
そもそも私は恋愛において、一人に寄りかかったりする関係性がとても脆く危険であることを知っている。そこを分散するために今までわたしはお相手を複数作ったりしていたのではないか。
いかんいかん。わたしは頭をぶんぶんと振る。
寂しかったけれど朝晩の挨拶メールに近況を添えるだけのスタイルにすぐに戻した。
コミュニケーションは取りたかったけれど、彼は忙しい様子だったし、重荷になったりこちらが好き過ぎると関係性はバランスを崩して破綻する。そう経験から分かっていた。
 
2度目の緊急事態宣言が発令された。東京都では新たな感染者が475人も発生し、人々の間にはますますピリピリとした空気感が流れていた。
(2022現在、4千人超でも普通の生活しているのが不思議。)
食事は家族としかするな、会食は3人までと制限され、一時間置きに換気をしたり職場の数人しか使わないドアノブを毎日何回も消毒したりと過剰なほどの対応が取られた。
都の要請で飲食店の営業時間は夜8時までとなり、仕事を5時までしていたらとても帰りに食事ができる状況ですらなかった。自主的に休店するお店や閉店してしまう飲食店も多発し、誰かと会ったり食事することは悪というような雰囲気であった。
特定の人に会いたいと思ってしまうこと自体が悪いような空気が広がっていた。
ましてや超濃厚接触がしたいなんて思っているのはもってのほかだった。
 
1月の末に彼に会うという約束している日程が生きているのか、このまま会えるのかどうか心配で堪らず彼に確認したが大丈夫なようだった。
ただ、飲食店は軒並み夜8時で閉店なので、待ち合わせが7時半になってしまう当日は彼と相談してテイクアウトでスイーツを部屋に持ち込むことにした。
 

・どきどきしちゃうスイーツ会

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