ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記20
アイリスの店に再び少年が妹を連れてやってきたのは三日後の事だった。
「「こんにちは」」
「いらっしゃいませ……ああ。この間の。今日は如何されましたか」
二人そろって入店するとアイリスが奥の部屋から出てくると兄妹に尋ねる。
「この間仕立てて頂いたドレスのおかげでとても素晴らしいお披露目パーティーになったのでそのお礼を言いに伺いました」
「僕も素敵なお洋服を仕立てて下さったお礼に参りました」
「そんな、お礼なんて。喜んでもらえただけで私は十分嬉しいですから」
二人の言葉に彼女は慌てて手を振って答えた。
「こんにちは。イクト様の足を引っ張っていなくって……!?」
「「あっ」」
マーガレットが店内に入って来ると兄妹の姿を見て驚く。二人も冷や汗を流して息を呑む。
「あ、マーガレット様いらっしゃいませ」
「この前お会いした時は気付きませんでしたが……お披露目パーティーの席でお会いしたお……」
「あ。あら、マーガレットさんお久しぶりです。ご機嫌如何ですか?」
「こんなところでお会いするなんて奇遇ですね。ちょうどお話がありまして」
「きゃっ」
「「?」」
アイリスが声をかけたのにも気づかずに彼女は口を開くがその言葉を遮るように、慌てて大きな声で兄妹が言うとマーガレットを店の隅へと連れ込む。
それをアイリスとイクトは不思議に思ったが、お客どおし話を盗み聞くのは良くないと暫く様子を見守ることにした。
「どうして王子様と王女様がこんなところにいらっしゃるんですの」
「アイリスさんに服を仕立ててもらったおかげでお披露目パーティーは大成功したのでそのお礼を言いに来たんです」
「お願いマーガレットさん。わたし達が王族だってことアイリスさん達には内緒にしていてください」
小声で話しかけてきた彼女に二人も内緒話をする声で答える。
「僕達が王族だって分かったらきっと皆さん普通に接してくれなくなってしまいます。ですからお願いします」
「わたくしもこの国に住む者ですから、王族の方の頼みを無下にはできませんから秘密にしてほしいというのでしたら話したりは致しませんわ」
「ありがとう」
二人の話を聞いて承諾するマーガレットにシュテナが嬉しそうにお礼を言った。
「でもそんな心配無用だと思いますけど……それより城を抜け出してこの店に来ていることを隊長に知られたらどうするつもりですの」
「ジャスティンにはわたしがよく言って聞かせましたから、わたし達の事はみてみぬふりをしてもらっています。それにわたし達の正体も言わないようにと頼んでるわ」
彼女が小さく言うと続けて尋ねる。それにシュテナが笑顔で答えた。
「……隊長も苦労なさってますわね」
「あの~マーガレット様のお友達ですか?」
溜息交じりにマーガレットが呟くとしばらく様子を伺っていたアイリスが声をかける。
「そ、そうなんです。貴族の間ではよくパーティーが開催されるのですが、そこで知り合って仲良くなったんです」
「おや、そうだったんですか。それでこのお店で会って驚いたんですね」
シュテナが慌てて返事をするとイクトが納得して頷く。
「そうです。まさかマーガレットの行きつけのお店だとは知らなくて、でもおかげでこのお店に来る楽しみが増えました」
「……」
少年も同意する様に大きく頷き話す横でマーガレットは困った顔で二人を見詰めていた。
「僕の名前をまだ教えていませんでしたね。僕はジョンっていいます。またこのお店に来ることもあると思いますのでよろしくお願いします」
「はい」
「はい。分かりました。今後ともこのお店をごひいき下さると嬉しいです」
少年が名乗るとアイリスとイクトは笑顔で頷く。
「はい。それでは僕達はこれで失礼します」
「それでは、またお邪魔しますね」
ジョンとシュテナがそう言うと一礼してお店を出ていく。
「……わたくしも今日は用事を思い出しましたわ。また日を改めてきます」
「へ?はい。マーガレット様またのお越しお待ちいたしておりますね」
「それじゃあね」
マーガレットの言葉にアイリスは不思議に思いながらも頷く。彼女は早口にそれだけ言うと二人を追いかけるように店を出ていった。
「マーガレット様如何されたんでしょう」
「貴族のお嬢様だからね。いろいろと大変なんだろう。それじゃあ今日は会議もないし久々にアイリスの仕事ぶりを見せてもらおうかな」
首を傾げる彼女へとイクトが言うと微笑む。
「はい。今受けている依頼はこれだけです。それで今週中に仕上げなければならないのがこの三件になります」
「この店も大分人気が出たみたいだな。これじゃあ君一人にばかり負担をかけさせられないね。今日は閉店まで手伝うよ」
「イクトさんが手伝ってくださったらいつもよりも早く仕事ができそうです」
彼の言葉に嬉しそうに笑いながらアイリスは言った。
「うん。でも君ももう一人でお店番できるようになったのだから、俺に甘えてばかりではいけないよ」
「は、はい」
やんわりとした口調で言われた言葉に彼女は慌てて返事をする。
「それじゃあ、午後の仕事も頑張ろうか」
「はい」
気合を入れ直すと久々に二人で店頭に立ち仕事をこなした。その中でイクトはアイリスがもう一人でも大丈夫だと確信を得たのだが、彼女はまだそのことに気付いていない様子で一生懸命イクトへと指示を乞うては彼の下で働いていた。
(俺が教えられることはもうなさそうだな……しかしアイリスはまだそのことに気付いていないようだ。さて、どうしようか)
閉店した店で片付けをしながら今後どうそれに気づかせようかと頭を捻らす。
「イクトさん。それではお先に失礼します」
「うん。最近は明るくなったから大丈夫だと思うけど、気をつけて帰るんだよ」
片付けを終えて普段着に着替えたアイリスがそう声をかけてきた事で彼の考えは一度中断される。
「はい」
「……」
素直に返事をする彼女が店を出ていく後姿を見送りながら彼はあることを考えていた。
アイリスが立派に独り立ちできるようにとイクトの中である計画が始まりを迎えていたことを彼女はまだ知らない。