ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記23
その頃犯人探しにおもむいていたジョンが険しい表情でジャスティンの姿を探していた。
「ジャスティン。放火魔を捕まえた……けど」
「王子様。その放火魔は何か問題が?」
消火活動を続けるジャスティンの下にジョンがそっと近寄ると声をかける。深刻そうな顔を見た彼が尋ねた。
「うん。やはり「人ならざる者」だったよ」
「!?」
彼の口から出た秘密の単語にジャスティンが驚く。
「ジャスティン。放火魔が捕まったって本当か?」
「ああ。放火魔が捕まったのだから事件は収束するだろう。世間的にはな」
「それはどういう意味だ」
駆け寄ってきたマルセンに彼が小さく頷き答える。しかしその言葉に意味が解らず怪訝そうな顔をした。
「放火魔は「例の人物」だ」
「っ……てことは今回の放火事件は」
ジャスティンが秘密の呼称を言うと彼の顔色は険しくなる。
「こちらで身柄は拘束してある。「彼等」が危険な存在なのかどうかはゆっくり調べればいい」
「この件は国家機密級ですので内密にお願いします」
「ああ。分かってるって。アイリス達には言わないよ」
彼が言うとジョンもマルセンにお願いする。王子からの頼みに分かっているとばかりに頷くと答えた。
放火事件はどうやらただの火事騒ぎだけでは終わりそうにないが、そのことをアイリス達が知ることはない。
それから数分後に火は消し止められたが家は全焼し、とても住めるような状況ではなくなってしまう。
「全力を尽くしたのだが……すまない」
「その……なんて言うか。ごめん」
「いいえ、消火活動して下さりありがとう御座います」
肩を落とし申し訳なさそうに謝る二人にアイリスは慌てて首を振るとそう言って頭を下げる。
「そうだよ。これはわしらがどうあがいたところで何ともならんかったんじゃ……」
「そうですよ。騎士様も冒険者様も頭をお上げになってください。お二人が悪いんじゃないのですから」
夫婦も尽力してくれたジャスティンとマルセンへと声をかけ励ます。
「だけどこれからどうするんですカ」
「家が全焼してしまって商品も何もかも燃えてしまったからな。これじゃあ商売はもうできん。ワシ等はこれを機に息子のいる町へと引っ越すことにするよ」
「そうだねぇ。わたし達ももう年だからね。息子の家にやっかいになるのも悪くないかもしれないけれど……それだとアイリスちゃんはどうするんだい」
ミュゥの問いかけに男性が答えると妻がそれだと自分達は良いがアイリスはどうなるんだと心配そうに尋ねた。
「そ、それは……」
「私の事は気にしないで、息子さんのところへ行って下さい。家が見つかるまでの間宿屋に泊まって生活しますから」
「それなラ私の隣の部屋に泊まると良いでス。アイリスさんなら歓迎です」
男性が困ったといった感じで頭を捻らせる様子に彼女は笑顔で答える。すると賛成だと言いたげにミュゥが声をあげた。
「そんな……それならわたくしが家を貸してあげてよ。家と言っても別荘ですから、しばらく使いませんし。家が見つかるまでの間そこで住んでもらっても構わなくてよ」
「それなら僕達が土地も家も家具も何もかも用意します。そこに住むのはどうですか」
「そうですよ。アイリスさんにはお世話になってますし、それくらいなら」
マーガレットが慌てて口を開くとジョンとシュテナも笑顔でさらりと凄い発言をする。
「ジョン様もシュテナ様もお待ちください。そのような事簡単に言うものではありません」
「そうだな。いくらなんでもそれは……てか貴族の考える世界が違いすぎて分からん」
二人の言葉に慌ててジャスティンが忠告すると、マルセンも苦笑いして呟く。
「……アイリスはうちのお店のお針子だ。だからお店の二階の部屋に住んでもらうのが一番いいんじゃないかな」
「イクトさん。でもあの二階のお部屋は先代の……」
「先代も君が住んでくれたら喜ぶと思う。それに誰も住んでいないまま放置されることの方が先代は悲しむと思うから」
イクトの提案にアイリスは慌てて口を開く。だか彼は安心させるように優しく微笑むとそう説明した。
「それが一番いいんじゃないのか」
「そうですわね。あのお店の店長なんですから。お店に住むのも悪くないんじゃなくって」
ジャスティンが真っ先に賛同の声をあげると、マーガレットも納得した様子で話す。
「でもアイリスさん隣じゃなくて残念でス」
「あははっ……まあ家が見つかってよかったじゃないか。なっ?」
ミュゥが残念そうに言った言葉にマルセンが苦笑するとそう同意を求める。
「そうですね。お店の店長さんなんですからそれが一番いいのかもしれませんね」
「そうね。わたしもイクトさんの考えに賛成です」
ジョンもそれが良いと頷くとシュテナも微笑み賛成した。
こうして彼女は仕立て屋アイリスの二階。先代が住んでいた部屋で生活することとなる。