ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記21

第七章 放火事件
 蒸し暑い季節が終わりを告げて鈴虫がコーラスを始める秋が訪れる。仕立て屋アイリスは今日も盛況で忙しい。

「失礼する」

「よう、元気でやってるか?」

「いらっしゃいませ。あ、ジャスティンさん。それにマルセンさんも」

「二人が一緒なんて珍しいな。今日はどのような御用で」

お店の扉が開かれジャスティンとマルセンが来店する。アイリスが二人のそばに駆け寄っていくとイクトもカウンター越しに声をかけた。

「二人は放火事件のことを知っているか」

「放火事件ですか?」

ジャスティンの言葉に彼女が不思議そうに首を傾げる。

「アイリスは知らなかったみたいだな。最近この国で放火魔が現れたらしい。あっちこっちで被害が拡大している」

「俺も聞いているが、まさかあっちこっちで起きているとは……物騒な事件だな」

その様子を見てマルセンが言うとイクトも深刻な表情で呟く。

「そこで王国騎士団と冒険者とで各家に注意を呼びかけながら見回りしているんだ」

「二人とも戸締りはしっかりして家の外にごみとか燃えやすいものは置かないよう気をつけとけよ」

「はい。でも犯人が早く捕まると良いですね」

二人の言葉にアイリスは理解したと返事をすると不安そうな顔でそう呟く。

「そうなるように私達が頑張るしかあるまい」

「それじゃあ俺達はこれから他の家にも回らないといけないから、またゆっくりできる時に邪魔するな」

「ああ。二人ともお仕事頑張って」

「それじゃあな」

注意を促すと二人は店を出ていく。その背に向けてイクトが声をかけるとマルセンが笑顔で答え扉を閉めた。

「放火なんて怖いですね」

「そうだね。アイリスが二階のお部屋を借りているお店は郊外にあるから人眼が付きにくい。犯行にはもってこいの場所だと思うから気を付けるように言っておいた方が良いだろう」

不安そうな顔で話すアイリスにイクトが相槌を打ち注意するようにと言う。

「そうですね。オーナーさん達に私から話しておきます」

「うん。今日は早めに店じまいしよう。アイリスも早く家に帰った方が良い」

「はい」

彼女の言葉に頷くとそう言って店を閉店させる準備に取り掛かる。アイリスも頷くと掃除道具を取りに奥の部屋へと向かった。

「それでは、私はお先に失礼します」

「お疲れ様。気をつけて帰るんだよ」

着替えを終えて帰ることを伝える彼女へとイクトがそう声をかけ見送る。

「放火事件なんて起こっていたなんて知らなかったわ。早く帰ってオーナーに伝えなきゃ」

アイリスは独り言を呟くと急ぎ足で家へと向かい帰っていく。

彼女が住んでいるのは雑貨屋の夫婦の二階の部屋。二階は息子さんの部屋だったらしいが今は誰も使っておらず貸し部屋として提供していた。

そこにコーディル王国へとやってきたばかりのアイリスは「貸し部屋あります」の看板を見て住まわせてもらえるよう頼んだのだ。そして仕立て屋のライセンスを取りお店で働いている今もそこに住まわせてもらっているのである。

「ただいま」

「あら、アイリスちゃんお帰りなさい」

「今日はいつもより早いな」

二階に上がる階段を通り抜けその横にある扉を開くと雑貨屋のお店へと入る。すると柔和な笑みを浮かべたふくよかな女性が出迎えてくれて、その奥で白髪交じりの男性が微笑み声をかけてきた。

「はい。今日は早めにお店を閉めたんです。それより最近この国で放火事件が起こっているって知ってましたか」

「ええ。さっき王国騎士団の方と冒険者の方が見えてね、その話をしていったわ」

「物騒な事件だな。うちも気を付けておかねばならない」

アイリスの言葉に二人は顔を見合わせると女性が小さく頷き話す。男性も不安な気持ちを表情に浮かべてそう言った。

「そうですよね。私も燃えやすいものは室内に入れておきます」

彼女も同意すると少し話をしてから店を出て階段を上り二階の部屋へと入る前に玄関前に置いてある植木や飾りなど燃えやすいものを部屋の中へと仕舞う。

「これで大丈夫よね」

一通り玄関前を見回し燃えやすいものは仕舞えたと安堵すると部屋に入りくつろぐ。

「今日はマルセンさんとジャスティンさんが店にいらして放火魔が出没しているらしいので気を付けるようにと教えてくれた。放火なんて物騒だな。早く犯人が捕まると良いのに……っと。今日の日記はこれでいいかな。さて明日もお仕事があるし、もう休もう。おやすみなさい」

習慣でつけている日記を書くと明かりを消してベッドへと横になる。それから数分後規則正しい寝息を立ててアイリスは夢の世界へといざなわれた。

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水竜寺葵
基本長編か短編の小説を掲載予定です。連続小説の場合ほぼ毎日夜の更新となります。短編の場合は一日一話となります。 連続小説などは毎日投稿していきますが私事情でPC触れない日は更新停止する可能性ありますご了承ください。 基本は見る専門ですので気が向いたら投稿する感じですかね?