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奇麗<前編>
人物
紺野翠(17) 高校生
神崎渉(28) 車掌
紺野進(41) 翠の父親
紺野藍(10) 翠の弟
紺野梓(33) 翠の母親。写真
名越ゆかり(38) 生物教師兼、スクールカウンセラー
末永真(51) 翠の担任
杉岡勝(31) 神崎の先輩
下斗米(32) 紺野家の隣人
駅員1(26)
警察官1、2
生徒1(17)
その他生徒
アナウンサー
〇端偉駅・2番ホーム(朝)
片田舎。通勤、通学者の頭。あまり混雑はしていない。
白い息。制服姿の紺野翠(17)がイヤホンをし、しっかりと立っている。高めの身長。
アナウンス「間もなく、2番ホームに参ります電車は、宇留野行……」
翠の横顔。ホームに入ってくる電車を見つめる。
〇同・3番ホーム(朝)
車掌姿の神崎渉(28)がいる。高身長。
神崎の隣に杉岡勝(31)の姿。神崎と会話している。
神崎「はい」
神崎、向かいの2番ホームをちらりと見、動きを止める。
目線の先に翠の姿。
吸い込まれるように見つめる。
〇同・2番ホーム(朝)
翠の前に電車が付く。宇留野行。扉が開き、翠が電車に乗る。
扉が閉まる。
〇同・宇留野行電車・車内(朝)
電車に乗り込んだ翠。空いた席に座る。窓の外に向かいの3番ホームに立つ神崎がぼんやりと見える。
〇同・3番ホーム(朝)
動きが止まった状態の神崎。2番ホームから電車が去る。
杉岡の声「神崎?」
神崎に話しかける杉岡。
神崎、ハッとし、杉岡の方を向く。
神崎「すみません」
杉岡「ボーっとすんな。この駅、まだホーム柵設置できてねーから。朝は特にふらふら危なっかしい人が多いしな」
神崎「はい」
神崎、横目で緑の乗った電車の最後尾を見、にやりと口角を上げる。
杉岡「都会からなんでわざわざこんな片田舎に移動してきたんだ? 飛ばされたわけじゃないだろう?」
神崎、杉山を見る。
神崎「いや、ちょっと、探しているものがありまして」
杉山「へぇ。それを探しに、わざわざ?」
神崎「まあ、そんなところです」
杉山「見つかりそうなのか?」
神崎「いや、もう見つけました」
笑みを浮かべる神崎。
〇宇留野高校・2年1組教室(朝)
朝礼中。30人ほどの生徒。教壇に末永真(51)が立っている。後ろの窓から一つ離れた席に翠の姿ボーっとしている。末永の話す声がぼんやりと聞こえる。
末永「2月20日、本日は―」
ぼんやりと外を見つめる翠。
いきなり、末永のハッキリとした声。
末永「―紺野、昼休憩、名越先生の所へ行くように」
翠、パッと末永の方を向く。
翠「はい」
チャイムが鳴る。
末永「よし、朝礼終わり!」
生徒1(17)が号令をかける。
生徒1の声「きりーつ」
ガタガタと生徒が立つ。
生徒1の声「れー」
ばらばらと礼をする生徒。
翠も例をするが、ぎこちない。
頭を上げ、生徒は数人ずつたむろしながら行動を始める。
翠、少し首を傾げ、一人授業の準備をする。
〇同・理科準備室
数多くの骨格教本。その中に埋もれるようにある机。
名越ゆかり(38)が紅茶を入れている。
扉が開く。名越、顔を見、微笑んで、
名越「いらっしゃい」
扉の前には弁当を持った翠の姿。無言で扉を閉め、机に向かって歩く。
名越、カップに紅茶、砂糖を2つ、ミルクを1つ入れ、カップを置く。その席に翠、座る。
翠「まだ1か月たってないですよ」
名越「そうだねぇ……」
名越、コンビニ弁当を取り出し、自分にも紅茶を入れ、翠の斜め前に座る。
名越「誰かと一緒に食べる約束とかしてたんだったらごめんね」
名越、弁当のビニールを破る。
翠「そんなこと起きないって、知ってるじゃないですか」
翠、弁当の包みを外す。
名越「じゃあ、いーじゃん。先生と一緒に食べてよ」
翠「まぁ、いいですけど……何用ですか?」
名越「なんでもないよ。ただ、一緒にご飯食べようと思っただけ」
名越、翠に微笑みかける。
翠、興味なさげに弁当を食べる。
名越「お弁当もさー、友達と一緒に食べる方がおいしいと思うんだけどなー」
翠「高校で友達作る気、無いんで」
名越「えー、私は―?」
翠「先生は、先生でしょ」
名越「そうだけどさー」
無言で弁当を食べ進める翠。
その様子を優しく見つめながら弁当を食べる名越。
翠「……ふぅ」
翠、弁当を食べ終わり、紅茶を一気飲みし、弁当箱を片付け始める。
名越「早っ! もう食べ終わったの?」
翠、立ち上がり、空のカップを流しに持っていき、小さな声で
翠「ごちそうさまでした」
翠、弁当箱を持ち、扉に向かう。
名越「この後どこ行くの?」
翠、立ち止まり、
翠「図書館」
名越「また一緒に食べよーね。誰かと一緒の方が、おいしいでしょ?」
翠、振り返り、
翠「自分で作ったモンなんて、どんな状態でも美味しくないですよ」
名越、少し寂しげに、
名越「……そっか」
翠、部屋を出ていく。
〇同・2年1組教室(夕)
帰り支度をする翠。
目の前に生徒1がやってくる。
生徒1「ごめん、紺野さん! 今日どうしても抜けられない用事があってさ、玄関掃除変わってくんない?」
生徒1を見る翠。
生徒1「ごめんね! ほんと!」
生徒1、翠の返事を聞く前に離れていく。
数人の生徒が翠を見て笑っている。
無表情の翠。
〇端偉行電車・車内(夕)
外は少し薄暗い。
座席はすべて埋まっているが、立っている人は数人程度。
座席に座っている翠。スマホを操作している。
スマホ画面。「消えたい」「迷惑の掛からない 消え方」検索。
翠の目線。床左端に革靴。
翠を斜め上から見る目線。
翠、少しビクつき、目線を上げる。
誰もいない。
翠の目の前を通り過ぎた車掌姿の神崎の後ろ姿。
神崎、連結部分で振り返り、礼。
翠、スマホに視線を戻している。
〇端偉駅・ホーム(夕)
電車がホームに入ってくる。
翠が電車から降りる。その後ろ姿を追いかける紺野藍(10)の姿。翠とあまり似ていない。
藍「ねぇちゃん!」
翠、イヤホンを外し、藍の方を向く。
翠「藍! 同じ電車だったんだ」
藍「うん!」
翠「え、遅くない? こんな時間まで何してたの?」
藍「サッカー! 残り過ぎだって怒られた!」
満面の笑顔の藍。
翠、少し呆れた様子。
その姿を電車の中から見つめる神崎。
〇マンション泉南・302号室・玄関・中(夕)
2DK。玄関の扉が開く。翠と藍が入る。
藍「ねぇちゃん、腹減ったー!」
翠「はいはい」
翠の手によって乱雑に下駄箱の上に置かれる郵便物。
翠、キッチンへ向かう。
〇同・同・キッチン(夕)
翠がキッチンに立つ。その後ろを藍が付いてくる。
藍「今日俺ね、峻と亮とサッカーしてて、ゴール決めた!」
翠、料理の準備をしながら、
翠「へぇ、良かったじゃん。でも、こんな遅い時間までやってたら危ないから明日からはもっと早めに帰っておいでよ?」
藍「はーい」
藍、壁にかかっているカレンダーを見る。
2月。日付のメモ欄に、昼・夜といくつか書かれている。
20日のメモ欄。夜のメモ。
藍「今日も父ちゃん夜勤かー……」
翠「そうだねぇ」
藍、バタバタとキッチンを出ていく。
翠、小さくため息をつく。
足音が聞こえ、ノートと筆箱を持った藍が入ってくる。
藍「ねぇちゃん、終わったら勉強教えてー!」
翠「いーよ」
翠、料理を皿に盛り、ダイニングテーブルまで運ぶ。
〇同・同・ダイニング(夜)
テーブルの上に料理が置かれる。
藍が、椅子に座っている。藍の勉強道具はテーブルは端においてある。
藍「うまそー。いただきます!」
テーブルに置かれた途端、食べだす藍。
翠、茶碗を運ぶ。
翠「全部そろってから食べ始めなよ」
藍「いや、俺マジで腹減ってんだって!」
翠も座り、食べ始める。
翠、藍を優しい表情で見つめる。
〇同・同・子供部屋(夜)
電気が消えている。部屋の両サイドにベッドが置かれている。
片方に寝る藍の姿。そのわきに座る翠。
翠「(小さな声で)おやすみ。」
翠、藍を愛おしそうに撫で、反対側のベッドに向かう。
〇神崎家・神崎の部屋(夜)
棚には様々なハーバリウムが並び、所々に剥製が置かれている。
部屋の真ん中にベッド。その傍らに犬の剥製。RONと書かれた首輪をしている。
神崎がベッドに腰かけて犬の剥製をなでながら、
神崎「ロン、仲間がもう少しで増えるよ。ロンみたいに完全な形になるのはもう少し先だけど、でも、きっと、綺麗なんだ」
神崎、愛おしそうに論を見つめる。
神崎「おやすみ、ロン。僕はお姫様を迎えに行く準備をしなくちゃ」
神崎、電気を消し、部屋を出ていく。
暗闇に浮かぶロンの姿。ロンの視線の先。
翠に似た紺野梓(33)が映った写真。
〇マンション泉南・302号室・外(早朝)
玄関扉の外に神崎の姿。
足音が響く。通路を紺野進(41)が歩いてくる。藍と顔が似ている。
紺野、神崎を見て不審そうに、
紺野「どちら様?」
柵に持たれて302号室の前に立つ神崎の姿。手には白い手袋をはめている。
神崎「いえ、下斗米の家に用がありまして」
紺野「ああ、そう……下斗米さんは隣ですよ」
神崎「あれ? すみません……(独り言のように)っていうか、あいつは何で出てこないんだ?」
神崎、左隣に移動し、少し笑いながら首を傾げ、301号室のドアを乱暴にたたく。
紺野、不振がりながらも玄関の扉を開ける。
301号室からバタバタと音がする。
神崎「やっと起きたか?」
神崎、扉から少し離れる。
紺野、部屋に入る。扉が閉まる。
301号室の扉が開き、下斗米(32)が出てくる。
下斗米「こんな早くから来てもお金はないですよ……」
神崎、無言で下斗米に詰め寄る。
扉を閉めようとする下斗米。
それを防ぐように手で止める神崎。
〇同・301号室・玄関・中(早朝)
301号室に土足で入る神崎。その後ろを追いかける下斗米。
下斗米、喚く。
下斗米「なんなんだよ、お前! 何の用だ!」
神崎、無視してずかずかと土足のまま部屋に入っていく。
下斗米「おい、靴!」
喚き続ける下斗米。神崎の腕をつかむ。
神崎、その瞬間勢いよく手を振り解き、下斗米を睨む。
下斗米「な、何だよ、悪いのはそっちじゃねーか‼」
神崎、無言で下斗米の鳩尾を殴り、失神させる。
そのまま室内を歩き、ダイニングへ入る。
〇同・同・ダイニング(早朝)
カップ麺の空き容器などで散らかっているリビング。机には印のつけられた競馬新聞。パチンコ屋の広告。
神崎、入った瞬間、顔をしかめ、心底嫌そうな表情。
乱雑に足でモノをどけ、302号室側の壁に近づき、コンセントに盗聴器を付ける。
〇同・302号室・玄関・中(早朝)
紺野が入ってくる。下駄箱の上に置かれた郵便物を手に取る。
郵便物。その中に紺野梓宛のDMが数枚。
紺野、嫌そうな表情になり、紺野梓宛のDMを破る。
翠が子供部屋から出てくる。一瞬動作を止める。
翠「……おかえりなさい」
紺野、笑顔になり、破ったDMを隠し、
紺野「ただいま」
翠「……ごはん、食べる?」
紺野「うん。いつもありがとう」
紺野、翠、ダイニングへ向かう。
〇同・同・ダイニング(早朝)
テーブルにつき、食事をする紺野。
その対面に座る翠。
紺野「どうだ? 学校は」
翠「別に、普通」
紺野「そっか」
紺野、食事を終え、食器をキッチンに持っていく。
紺野「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
翠「うん」
紺野、食器をシンクに置き、腕まくりをして、
紺野「よし、あとはお父さんに任せろ。もう少し寝てな」
翠、紺野を見て、
翠「わかった。おやすみなさい」
翠、子供部屋に入っていく。
〇同・同・子供部屋(早朝)
電気の消えている子供部屋に入ってきた翠。
藍が少し布団を蹴りながら寝ているのを見て顔を綻ばせ、藍の布団をかけなおす。
翠、自分のベッドに移動する。
壁によりかかり、天井を見上げ、
翠「(ポツリと)消えたいなぁ……」
ボーっと空間を見つめる翠。
〇道(早朝)
ヘッドホンを装着し、歩く神崎の姿。
ヘッドホンからかすかに流れる音声。
翠の声「消えたいなぁ……」
聞いた瞬間、立ち止まり、にやける神崎。
神崎「僕が、助けてあげるよ」
神崎、歩き出す。
〇端偉駅・2番ホーム(朝)
翠が立っている。イヤホンはしていない。俯きがちである。
アナウンス「まもなく、2番乗り場に電車が参ります。黄色い点字ブロックの前でお待ちください」
翠の足元。点字ブロックの前。
翠の横顔。ボーっとしている様子。
翠の足元。足を踏み出す。
翠の垂れ下がっている左手。後ろから神崎の手が伸びてきて、掴む。
動きの止まる翠。恐る恐る振り向く。
笑顔で私服姿の神崎が翠の左手を掴んでいる。
翠「……」
翠の後ろを電車が通る。
神崎「死にたいの?」
翠、反応しない。
神崎「そっかぁ……」
翠「(小さな声で)離して」
神崎「えー、やだ」
翠「(小さな声で)何で」
神崎「僕、君のこと気にいっちゃった」
翠、迷惑そうに神崎を見る。
神崎「それに、飛び込み自殺は最も迷惑がかかる方法だよ」
翠、怪訝そうに顔をしかめる。
神崎「そんなに顔しかめないでよ。綺麗な顔にしわが寄っちゃうよ」
翠「(少し叫ぶように)いいから離して!」
神崎、手を掴んだまま、笑顔で
神崎「君、今死のうとしたんでしょう? それなら、本来なら君はもうこの世に存在しないわけだ。だったら、僕の所においでよ」
翠、訳が分からないという表情。
神崎「ほら、帰るよ。今日から君の居場所は僕の所だ」
翠の手を引いて、神崎が歩きだす。
翠、動かない。
神崎、振り返り、翠の目を見て、
神崎「……おいでよ。死にたいんでしょう? そのくらい、今が嫌なんでしょう? だったら、全然違うところに行ってみようよ」
翠、吸い込まれるように神崎の目を見つめ返す。
神崎、翠の手を引いて歩き出す。
翠、神崎について歩き出す。
うれしそうな表情の神崎。
〇祥汪駅行電車・車内
空席が目立つ社内。
にこにこと笑いながら電車の外を見る神崎。
その横で手を掴まれたままの翠が座っている。
翠「ねぇ」
笑顔のまま、神崎が振り向く。
翠「て、離して」
掴まれたままの翠の左手。
神崎「逃げない?」
翠「今更」
神崎「んー、分かった」
神崎、翠の手を離す。
翠、左手を見つめながら、窺うように、
翠「あなた、誰?」
神崎「僕の名前? どうしよっかなぁ……」
神崎、数秒悩む。
神崎「……教えない」
翠「何で?」
神崎「どうせ死んじゃうんだ。僕の名前なんてなんでもいい。そうでしょ? 紺野翠、さん?」
翠、数秒固まる。
その間に神崎、窓の外へ目線を戻す。
アナウンス「間もなく、祥汪、祥汪にとまります。お忘れ物のないよう、ご注意ください」
神崎「降りるよ」
神崎、再度翠の手を掴み、歩き出す。
翠、こわごわと後をついていく。
〇神崎家・ダイニング
いたって普通の部屋。ソファに翠が座っている。俯き、表情は見えない。
神崎がマグカップを2つ持ってきて、1つを翠の前に置く。
翠「……」
翠、動かない。
神崎「ただの紅茶だよ。砂糖2個、ミルク1つの」
翠、ピクリと反応するも、無言。
神崎、翠を少し鋭い目で見て、
神崎「……いいかげん、そのヘンな姿勢、やめてくれないかなぁ」
神崎、翠の隣に座る。
神崎「もっと姿勢伸ばして、顔上げろ」
翠、神崎を窺うように目線を上げ、
翠「あたしのこと、知ってるの?」
神崎「うん? もちろん。言ったじゃない。君のこと気にいったって」
神崎、流ちょうに、
神崎「名前は紺野翠17歳。宇留野高校2年1組。友達を作らず、毎月学校の生物教師兼カウンセラーと話をしている」
神崎、自分の紅茶を一口飲む。
神崎「父親の紺野進、弟の紺野藍と3人暮らし、母親は……」
翠、神崎の腕をつかみ、
翠「(慌てたように)まって、どこまで知ってるの?」
神崎、笑顔で、
神崎「ほとんど全部じゃないかなぁ?」
翠、固まる。掴んだ手を力なく話す。
翠「……」
神崎「母親の紺野梓は君が8歳の時に出ていった。父親はそれから夜勤が増えた。そのせいで君は家のことをやるようになった」
翠、俯き、
翠「お父さんのせいじゃない」
神崎、翠の頭をなで、
神崎「君は優しいね。心まできれいなんだ」
翠、神崎の手を払うように頭を振る。
神崎「(含み笑い)弟の藍君は現在10歳。母親が出ていったときは生まれたばかりだった。……君にあんまり似ていないんだね。父親の方に似てた」
翠、神崎を少し睨むように見、
翠「藍に会ったの?」
神崎、冷たい目で緑を見、
神崎「なぁに、その目」
神崎、翠の顎を持ち、無理やり目を合わせる。
神崎「君のお父さんにも会ったんだ。藍君とそっくりだった。君は母親……紺野梓にそっくりだ」
翠「(震える声で)うるさい」
神崎、にやりと笑い
神崎「そして、君はそのことを嫌悪している」
翠「うるさい!」
翠、神崎の手から無理やり離れる。
神崎「君は死にたいと願っている。そうでしょ?」
翠の目から光が消える。
翠「あたしは死にたいんじゃない。消えたいの」
神崎「(不思議そうに)死にたいと消えたいは、同じでしょ?」
翠「……」
翠、俯いて何も話さない。
神崎「まぁいいや。興味ないし」
神崎、立ち上がり、空のマグカップを持ち、キッチンへ向かおうとする。
翠、俯いたまま強い口調で
翠「……あたし、帰る」
翠、立ち上がる。
神崎、歩みを止め、翠を斜め見、
神崎「僕についてきたのは君の方でしょ」
翠「藍とお父さんに近づいているなんて知らなかった」
神崎「でも、弟君にも父親にも何もしてないよ」
翠「でも……」
神崎「それにさ、ずっと、あそこにいるの辛かったんでしょ? 自分だけお母さんに似ているから」
翠、神崎を見つめる。
神崎「自分が、実は嫌われているんじゃないかって、それまでの家族を奪った人に似ているから。自分の存在がものすごく醜いものなんじゃないかって。ずっと思い続けてきたんでしょ?」
翠の顔がゆがむ。
神崎「ああ、もう、そんな顔しないでよ。しわが寄っちゃう……」
翠、泣き出す。
神崎、深いため息をつき、
神崎「はぁ、今日だけだからね……」
静かに泣く翠と、翠を見ないようにしている神崎。
〇同・風呂場(夜)
翠が身を縮ませて入っている。
白い肌。左手首を見つめる。
翠「誰、何だろう……」
脱衣所の扉が開く音。
翠、ビクリと扉を見つめる。
神崎の声「着替え、置いとくからね」
翠「は、はい……」
脱衣所を出ていく足音。
翠、静かに姿勢を戻す。
〇同・ダイニング(夜)
風呂上がりの翠が入ってくる。
真っ白で少しドレスのような服。
翠「上がり、ました……」
ソファに座っていた神崎が振り返る。笑顔。
神崎「お帰り……似合っているよ」
翠「……」
翠、微妙な表情。
神崎、立ち上がり、翠の手を引いて翠の部屋の前まで歩く。
神崎「おいで」
うつむきがちに神崎についていく翠。
〇同・翠の部屋(夜)
扉が開く。神崎と緑がドアの前に立っている。
神崎「ここが、君の部屋だよ」
神崎、電気をつける。
部屋全貌。白い部屋。真ん中にベッドが置いてある。
神崎「(笑いながら)気に入った?」
翠、無言で部屋を見つめる。
翠「……」
神崎、翠をベッドに座らせる。
神崎「今日からここは君の部屋だ。今は物がないけれど、欲しいものがあったら僕に言ってくれればいい」
翠、神崎を見つめる。
神崎「それと、君の居場所はここなんだ。外に出たいとか考える必要はない。ずっとここに居ればいいんだ。元に戻って自分の存在に困るなら、ここにいた方が良いでしょう?」
神崎、翠の頭をなでる。
翠、俯く。
神崎「おやすみ」
神崎、静かに歩き、電気を消し、部屋を出ていく。翠、そのまま後ろに倒れ、ベッドに寝ころぶ。
〇同・ダイニング(夜)
神崎が入ってくる。ソファの前に置かれた翠のカバンの中から光が漏れる。神崎、カバンの中から翠のスマホを取り出す。
神崎「……」
スマホ画面。大量の不在着信と未読メール。
紺野からの電話がかかってくる。
神崎「(舌打ち)」
神崎、冷めた目でスマホを何度も机に打ち付ける。
請われたスマホ。ゴミ箱に投げ入れられる。
〇同・神崎の部屋(夜)
神崎が入ってくる。部屋の電気をつける。
ハーバリウムや剥製が照らされる。
神崎、梓が映っている写真に向かう。
神崎「……」
写真を手に取り、無表情で梓を眺める。
写真立てを伏せておく。
ベッドに座る。笑顔でロンの頭をなでる。
神崎「ロン、この間言っていた子が来たよ。ロンも、お母さんが戻ってきて嬉しいでしょ? やっぱり、すっごく綺麗だ……でも、まだ足りない」
神崎、ベッドに横たわる。
神崎「とりあえず、表面にしわが寄るのはやめさせないと……」
考えをめぐらす神崎。
〇同・翠の部屋(早朝)
電気のついていない部屋。翠があおむけで目を開き、ベッドに寝ころんでいる。数秒の沈黙。玄関の扉が閉まる音がする。
翠、起き上がる。
〇同・ダイニング(朝)
翠が入ってくる。
机の上にラップが掛けられた朝食。その横にメモ。
メモに「おはよう。仕事行ってきます。」と書かれている。
翠「あ……」
ゴミ箱。壊れた翠のスマホ。
翠「あたしの、だよね?」
翠、ハッとしたように玄関へ向かう。
〇同・玄関・中(朝)
玄関にたどり着いた翠。下駄箱を見て、
翠「靴……」
翠の靴はない。
いたって普通の玄関。翠、恐る恐るカギに手を伸ばす。
電話のコール音。ビクリとし、手を引く翠。
コール音が鳴り続け、静寂の中に留守電が響く。
神崎の声「もしもし? もう起きてるでしょ? 今度から電話が鳴ったら出るんだよ? 昼ごはんも冷蔵庫の中にあるからね。じゃあ、いい子で待っててね」
電話が切れる音。翠、きょろきょろと見渡す。
翠「何もない、よね?」
翠、数秒考えこむも、廊下を引き返す。
〇端偉駅・駅員室(朝)
車掌姿の神崎。スマホを見ている。
神崎「それでいいんだよ」
スマホ画面。神崎の自宅らしきマップ。緑の位置を示す光が部屋の中に戻っていく様子を表している。
駅員1の声「神崎さーん」
神崎「はーい、今行くー」
神崎、スマホをしまい部屋を出ていく。
〇神崎家・ダイニング(朝)
翠が来ている白い服の襟元。タグに隠れるように小型のセンサーが反応している。翠、部屋を散策するように歩き回る。神崎の部屋の前に立ち、恐る恐る開けようとする。開かない。
翠「……開かない」
ため息をつき、何かを探し始める。
翠「あった……」
ソファの傍に置かれていた翠のカバンを見つけ、中から本を取り出し、ソファに座り読み始める。
〇端偉駅・2番ホーム
仕事中の神崎。ふとスマホを開く。
1点で止まったままの反応。神崎、電話を掛ける。
神崎「ソファで寝てるか……?」
電話をかけている神崎。
〇神崎家・ダイニングキッチン
本を読みふける翠。電話が鳴る。
ビクリとし、恐る恐る電話へ振り向く。
鳴り続ける電話。恐る恐る手を伸ばす翠。
〇端偉駅・2番ホーム
電話を掛ける神崎。
翠の声「はい……」
神崎「あ、出た。ちゃんと家にいるよね?」
翠の声「はい……」
神崎「ならよかった。動かないから、どうしたのかと思ったよ」
〇神崎家・ダイニングキッチン
電話中の翠。周りを見渡す。
神崎の声「監視カメラとか仕掛けてないから、心配しなくていいよ」
翠「何で……」
神崎の声「(小さな笑い声)」
困惑した様子の翠。
〇端偉駅・2番ホーム
笑顔で電話を掛ける神崎。
神崎「じゃあね、また」
アナウンス「間もなく、2番乗り場に宇留野行の……」
神崎、目線を線路に向ける。
〇神崎家・ダイニング
電話中の翠、電話越しにアナウンスがぼんやりと聞こえる。
神崎「電話、掛けるから」
ツーツーっと機械音。
翠、耳から電話を離し、
翠「駅……?」
翠、電話を見つめる。
〇同・同・冷蔵庫・中(夕)
真っ暗な状態から扉が開かれ、神崎の顔が見える。
神崎「あれー?」
〇同・同(夕)
神崎、冷蔵庫から料理を取り出す。
神崎「昼ごはん、食べてないじゃん」
ソファに座っている翠、少しビクつき、
翠「おなか、減らなかったから」
神崎「朝ごはんも食べてないのに?」
机の上。手の付けられていない朝食。
ハエがたかる。
神崎、顔をしかめ、電気の流れる映えたたきでハエをしとめる。
神崎「えー、晩御飯は? 何食べよっか?」
翠「いらない」
神崎、不機嫌そうに
神崎「駄目! ガリガリになったら綺麗じゃない!」
翠、俯くも、勢いよく立ち上がる。
翠「じゃ、じゃあ、あたし作る!」
神崎「それもダメ!刃物なんか持たせない!」
翠、神崎を見つめ、
翠「あたし、家でもご飯作ってたよ?」
神崎「知ってる。でもここでは作る必要ない」
翠「料理、別にやらされてたわけじゃないし、嫌いじゃないんだけど」
神崎「(叫ぶように)関係ない!」
神崎、翠の目の前に来て諭すように
神崎「いいかい? 君はここで何もしなくていいんだ。料理も、掃除も、何もかも。とにかくここにいて、その綺麗なまんまで居てくれればいいんだ」
翠、眉を寄せ、怪訝な表情。
神崎「(大きな声で)しわを寄せるな!」
翠、驚く。
神崎「いいね?」
翠、ガクガクと首を縦に振る。
神崎、笑顔になり、翠の頭をなで、離れていく。
神崎「さて、夕飯、何作ろっかなー」
翠、神崎の後ろ姿を眺める。
〇同・翠の部屋(夜)
ベッドに寝ころび、天井を見上げる翠。
神崎が入ってくる。
神崎「何か欲しいものは?」
翠「……本」
神崎「本? どんなのが良い?」
翠「……ミステリー」
神崎、顔をしかめ、
神崎「あんな汚いもの、読まなくていい」
翠、顔だけ神崎に向ける。
翠「汚い……?」
神崎、心底嫌そうに
神崎「反吐が出る」
翠「……じゃあ、欲しいもの、無い」
翠、天井を向く。
神崎「そう……おやすみ」
神崎、部屋を出る。
〇同・ダイニング(夜)
神崎、翠の部屋から出てくる。
ソファに座る。テーブルの上に翠が呼んでいた本が置いてある。パラパラとめくり、呟く。
神崎「……汚い」
心底嫌そうな顔をし、本をゴミ箱に入れ、翠のカバンを手に取る。中身も全て入れ、袋の口を縛る。
〇同・翠の部屋(夜)
翠がベッドに横たわり、天井を見上げている。
手を伸ばし、空中で鍵を開けるしぐさ。
翠「戻れる、かな」
翠、力なく上げた腕を落とす。
〇同・ダイニング(昼)
恐る恐るテーブルの上の食べ物を食べる翠。
窓の外から小学生くらいの声が聞こえる。
翠、ハッとした表情で、
翠「藍……!」
翠、勢いよく立ち上がり、玄関に向かう。
×××
無人。電話が鳴り続ける。