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記憶屋Amber - 第三話「鍵屋は自分を琥珀に閉じ込める」-

〇記憶屋Amber・店内(夕)
 会話する奈央、奏多、前田。
前田「他に何か覚えて……」
 前田の声をかき消すように開く扉の音。
 チカが入ってくる。
チカ「ただーいま!」
 扉の方を向く前田、奈央、奏多。
前田「お帰りなさい」
 チカ、奈央を見て一目散に飛びつく。
チカ「お姉ちゃん! 久しぶり!」
奈央「チカちゃん! 久しぶり!」
奏多「この子が、あの絵の子?」
奈央「そう!」
 店の外に出ていく前田。
 考え込む雨野。

〇記憶屋Amber・店外(夕)
 前田の手によって看板が店内に入れられる。

〇記憶屋Amber・店内(夜)
 雨野、ソファに座り、ノートに絵を描いている。
 店内奥の階段から降りてきた前田。
前田「チカちゃん寝てたよ」
雨野「ああ」
 前田、雨野に近づく。
前田「誰? それ」
 雨野の手元。雨野が描いた掛田の絵。
雨野「林奏多の記憶に居た人物だ」
前田「ああ、あの話しかけてきたっていう」
雨野「そうだ」
前田「よく覚えているもんだね」
雨野「ただ、この人間が記憶に鍵を掛けているとみて間違いないだろう」
前田「どうして?」
雨野「まず、小森奈央の父親の話だ。小森奈央が3歳の時に消えた、ということは、今から14年前。チカの年齢と一致する」
前田「奈央さんの父親とチカちゃんに何か関係がありそうだってこと?」
雨野「ああ。まだ可能性の話だがな。そして、小森奈央の父親は、消える前に小森奈央の記憶に鍵を掛けた」
 棚に置かれた奈央の記憶(琥珀)。
前田「アメちゃんがこの間勝手に奪っちゃったやつね」
 雨野、前田の言葉を無視し、話し続ける。
雨野「それと同時に、小森奈央の同級生らの記憶にも鍵を掛けたようだ」
 前田、怪訝な表情で、
前田「何のために」
雨野「自分の話を小森奈央がしていたからだ」
前田「そこまでして自分の存在を消したいわけ?」
雨野「そういうことだろうな」
前田「それが奈央さんのお父さんのことを全員一斉に忘れた事件ねー」
雨野「だがしかし、林奏多の記憶には鍵を掛けることに失敗した」
前田「奏多君は覚えている……なんで?」
雨野「あいつは、人一倍記憶力が良い」
 前田、怪訝な表情で、
前田「そうか? 奈央さんのことと言い、何も考えていないようだったけど」
雨野「記憶力が良すぎるあまり、全てのことを覚え続けるのは苦痛だと無意識に感じたんだろう。いつからか、周りに興味を示さないように考え方をシフトさせている」
前田「それで、無気力な感じに?」
雨野「そう。自分で考える代わりに考えてくれる人物を求めた。それが小森奈央だった……一種の依存だな」
 前田、混乱した様に、
前田「ややこしいねぇ。記憶へ鍵を掛けることと何の関係が?」
雨野「細かく覚え過ぎていたんだ。記憶が膨大過ぎてどこまで鍵を掛ければよいのかわからなくなってしまったのだろう」
前田「ああ、アメちゃんの言うかき集めるのに苦労するってやつね」
雨野「ああ。小森奈央の父親は14年前に姿を消した」
前田「うん」
雨野「そして、同時期にチカが誕生した。そこからはチカの記憶に関わっているのだろう」
 前田、首を傾げ、
前田「チカちゃんとアメちゃんが出会ったのが5年前でしょう?」
雨野「ああ」

〇5年前・町中
 ドラッグストアの袋を手にした雨野が足早に歩いている。
 真っ白なレインコートを着た男性とすれ違う。
 路地裏からかすかな泣き声。雨野、ちらりと路地裏に目をやり見開く。

〇5年前・路地裏
 チカが泣きながらしゃがんでいる。
 路地裏に一歩踏み出した雨野。
 雨野に気付き、顔を上げるチカ。
 雨野の視界。チカの記憶を透視。記憶のほとんどに鍵がかかっている。

〇元の記憶屋Amber・店内(夜)
 店内奥に置かれたチカの巨大な記憶(琥珀糖)
 雨野と前田が会話している。
前田「その間9年、何があったのか」
雨野「分からない。ただ、今はこれが一番つじつまが合う」
 雨野の手元。掛田の絵。

〇記憶屋Amber・店外
 スーパーの袋を持った前田が急ぎ足で駆けてくる。
 店の前に立つ曽根香苗と曽根勉。勉は必死にスマホを見ている。
前田「曽根さん! すみません、今開けますね」
 香苗、振り向き、
香苗「雨野さん、ご不在ですか?」
前田「いや? 彼は全く外に出ないのでいると思いますが……」
 前田、不思議そうに鍵を取り出し、開ける。

〇記憶屋Amber・店内
 前田が入ってくる。
 ソファに項垂れる雨野の姿。ローテーブルには大小さまざまな琥珀が入った薬瓶が散乱している。
 前田、驚き、一瞬固まるも、すぐに踵を返す。
前田の声「すみません、今日は早い時間にご予約が入っておりました……」
 ソファに項垂れている雨野の姿。
 前田、店内に入り、扉に鍵を掛ける。
 前田、ソファに近づく。
前田「アメちゃん、どうしたの?」
雨野「真っ白なレインコート」
前田「は?」
雨野「鍵屋だ」
 前田、驚く。
前田「どうやって、ここに……」
雨野「小森奈央を定期的に監視していたらしい。そうしたら、数日前に小森奈央の記憶から鍵のかかった記憶が消えていた。不審に思ってここに行きついたのだと」
前田「なるほど」
雨野「鍵屋が来て、記憶を抜く方法を教えてくれと。教える代わりに鍵を開ける方法を教えろと言ったら」
 雨野、顔を上げ、背もたれに体を放り出し、
雨野「無いんだと」
前田「無い?」
雨野「あいつは鍵を掛けるだけで、開けることはできないんだってよ」
 沈黙。
前田「そ、っか。頭の中を覗いても何もわからなかったの?」
 雨野、気分が悪そうに、
雨野「あいつの頭の中身変なんだよ。鍵がかかっている記憶か、そうでないかしか見えねぇ。あいつ、他の人間の鍵を掛けた記憶を抜きたかったらしい」
前田「何で?鍵のかかった記憶は、無いも同然なんでしょ?」
雨野「鍵がかかっているということは絶対に忘れることのできないということだ」
前田「どういうこと?」
雨野「人は忘れる生き物だ。林奏多みたいな異次元の記憶力を持たない限り、忘れることができる。ただ、鍵を掛けてしまったらその記憶は頭の中に残り続ける」
前田「無いも同然だけど、消えてはいない」
雨野「そういうことだ。そして、その記憶が何らかのきっかけで解かれることを恐れている」
前田「なるほど。鍵を掛けるだけでなく、完全に消し去りたいということか」
 雨野、気合を入れて立ち上がり、
雨野「心配すんな。礼金はたんまりもらったぞ」
 雨野、店の奥へ歩いてく。
 前田、その後ろ姿に
前田「アメちゃんの夢は叶わなかった、ってわけだね」
 店内奥。チカの大きな琥珀の記憶。
 雨野、チカの記憶を数秒見て、階段を上がろうとする。
 店の扉を激しくたたく音。
 前田、驚き、扉の方を振り向く。
奏多の声「おい、記憶屋! 居たら開けてくれ!」
 動きを止める雨野。
 前田、急いで扉へ向かう。

〇記憶屋Amber・店外
 必死な形相の奏多が扉を叩いている。
奏多「奈央が、知らねぇオッサンに会ったら倒れちまった!」
 気絶している奈央が奏多に担がれている。

〇記憶屋Amber・店内
 ソファに寝かせられた奈央。
 その傍に奏多と前田。対面のソファに雨野。
雨野「オッサンがいきなり小森奈央の頭に手をかざしてきたんだな?」
奏多「ああ。記憶屋みたいだと思った瞬間に奈央が倒れちまった」
雨野「そいつ、真っ白なレインコートを着ていなかったか?」
奏多「そう! 雨でもねぇのに変だなと思ったんだ」
 前田、小さな声で呟く。
前田「鍵屋……」
雨野「だろうな」
前田「何のために」
雨野「わからねぇ。すれ違いざまだったから記憶の精査をせずに全部に鍵を掛けたんだろうということしか。」
 奏多、混乱した様に、
奏多「鍵屋? 知り合いなのか? 奈央は一体どうなってるんだ?」
 雨野の視界。奈央の記憶を透視している。奈央の記憶。大部分に鍵を掛けられている。
雨野「起きたところで、こいつの記憶はほとんど無いも同然だ」
奏多「記憶を抜かれたってことか? あいつは何も手にしてなかったぞ!」
雨野「記憶はある。しかし、鍵が掛けられた」
奏多「どういうことだ⁉」
前田「鍵を掛けられた記憶って言うのがあってね。そうなると、その記憶を思い出すことができなくなるんだ。君たちが会ったのは、その鍵を掛ける奴……俺らは鍵屋って呼んでる」
奏多「鍵屋……鍵を解く手はないのか⁉」
 雨野、無言。
前田「残念ながら……俺らもそれを探しているんだ。チカちゃんの記憶を解くためにね」
奏多「それは、食べても戻らないんだな」
雨野「ああ。鍵のかかったまま、戻るだけだ」
奏多「奈央は、どうなるんだ?」
 雨野、少し考え、
雨野「チカの時は、鍵がかかっている記憶を抜き出して、他の人間の記憶で埋めた」
奏多「それ、は、奈央が奈央じゃなくなるということか?」
 前田、少し慌てて、
前田「いや、そこまでは……」
雨野「そういうことだ」
前田「アメちゃん!」
雨野「そうなんだから仕方ないだろ」
 考え込む奏多。
雨野「どうする? このまま目覚めても、小森奈央はほとんど何もわからず錯乱するだけだ」
前田「女子高校生の記憶、少ないけど、いくつかあるから。どうにか辻褄が合うように探すよ」
 前田、受付に向かって歩き出す。
 奏多、顔を上げ、
奏多「なあ、俺の記憶、奈央にあげられないか?」
 雨野、前田、動きを止める。
奏多「俺、奈央との記憶は結構覚えていると思うんだ。それ、全部奈央にやる。特に家族とか、友達とか。俺の記憶でしかないけれど、でも、」
雨野「お前も多くの記憶を失うぞ」
奏多「それでもいい。奈央が、知らない奴になるよりかは」
 雨野、少し考え、手袋を取り出し、はめる。
前田「アメちゃん⁉」
雨野「健介、小森奈央の記憶を持ってこい」
前田「記憶って、サファイアの?」
雨野「ああ。あの記憶に入っているものは抜かなくていい」
前田、頷き、棚へ向かう。
 雨野、奏多の目を見て、
雨野「覚悟は、いいな?」
 奏多、力強く頷く。

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