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記憶屋Amber - 第一話「サファイアは恋心よりも友情を選択する」 -
あらすじ
人は誰しも消したい記憶を持っている。記憶屋Amberは他人の記憶を結晶化し、琥珀糖にする店。恥ずかしい記憶、トラウマ、嫌な記憶。ここに来れば頭の中からすべて消し去ることができる。Amberの店主・雨野亮一(32)は記憶を琥珀糖にする能力を持つ。琥珀糖を食べると、その記憶を手に入れることができる。雨野の目的は、5年前何者かによって記憶の大部分に鍵がかけられてしまっていたチカの記憶の鍵を手に入れることであった。
ある日、親友によって好きだった幼馴染を奪われた小森奈央(17)がAmberを訪れた。雨野は奈央の記憶に鍵がかかっていることに気付く。奈央によって記憶に鍵をかける人物に近づいていく。
〇藍学園・中庭(夕)
学校外観。少し歴史を感じる校舎。下校途中の生徒がまばらにいる。小森奈央(17)の驚いた声が響く。
奈央の声「ええっ⁉」
驚愕の表情を浮かべる奈央。
奈央の対面に立つ林奏多(17)と奏多に寄り添うように立つ町田杏奈(17)。
奈央「ほ、ほんとに?」
杏奈、得意げに、
杏奈「本当に! 私たち、昨日から付き合ったの!」
杏奈、奏多の腕に巻き付く。杏奈の方を見ず、興味なさげに無反応な奏多。
杏奈「ねー、奏多君!」
奏多「おー」
奈央、無理やり笑顔を作りながら、
奈央「か、カナタ、杏奈のこと好きだったの?」
奏多、奈央を見て、首を傾げ、
奏多「んー? 嫌いじゃないよ?」
奈央「何、それ……」
遠くから男子生徒(17)が奏多に声をかける。
男子生徒「奏多―! 部活始まるぞー‼」
奏多、素早く反応し、
奏多「おー‼ 今行く!」
奏多、杏奈の手を振り払う。
奏多「じゃ、練習行ってくるわ」
杏奈、満面の笑みで、
杏奈「頑張ってね!」
奏多、杏奈を見ることなく、
奏多「ん」
奏多、駆け足でグラウンドに向かう。
手を振り見送る杏奈。
奏多と杏奈のやり取りをボーゼンとみる奈央。
杏奈、申し訳なさげな表情で奈央に向かい合い、
杏奈「ごめんねぇ、奈央」
奈央、ハッとし、
奈央「う、うん……あのさ、私一年のころから杏奈に相談、してたよね? その、カナタが好きって……」
杏奈、泣きそうな表情になり、
杏奈「そう……ずっと、奈央の相談受けてたら、奏多君ってすごくいい子って……好きになっちゃったの」
奈央「そ、そうなんだ」
杏奈「なんか奪ったみたいになっちゃってごめんね……」
杏奈の頬に一筋涙が流れる。
奈央、慌てて、
奈央「う、ううん。付き合ったことはおめでたい、ことだし」
杏奈、パッと嬉しげな表情になり、奈央の手を取り、
杏奈「ありがとう! 奈央ならそう言ってくれるって信じてた!」
奈央、困惑の表情。
杏奈「よかったー。こんなことしちゃったから奈央は許してくれないと思ってた! 奈央とずっと親友でいたいからさ」
奈央に笑いかける杏奈。
無理やり笑う奈央。
グラウンドに着替えた奏多が出てくる。杏奈、カナタに気付き、
杏奈「あ! 奏多君! 私、応援してくるね!」
杏奈、奈央に手を振り、グラウンドに向かい走っていく。
奈央「う、うん、また明日……」
奈央、力なく手を振る。
〇記憶屋Amber・雨野自室(夕)
二階の窓辺に立つ雨野亮一(32)。薬瓶を手で遊ばせながら、窓の外を見ている。
窓の下。下を向きながら歩く奈央の姿。奈央、Amberの看板の前で足を止める。
雨野、奈央を見て動きを止める。
部屋の外から前田健介(32)の声。
前田の声「アメちゃーん、この記憶、増えてないー?」
前田、部屋の扉の前に立ち、薬瓶に入れられた米粒大のダイヤモンド型琥珀糖を掲げる。
雨野、それを見ることなく、窓の外を見たまま、
雨野「ケンちゃん、あいつ」
前田、窓に寄ってきて外を見て、
前田「ん? あの女子高生?」
雨野「ああ」
雨野、真剣な目で前田を見つめる。
前田、雨野を見て、
前田「連れてきてほしいの?」
雨野、静かに頷く。
雨野「……あの子、鍵がかかってる」
前田、少し驚き、鍵をかき上げ、人当たりの良い笑顔を浮かべる。
前田「ケンちゃんにお任せあれ!」
前田、踵を返し、部屋を出ていく。
その姿を見た雨野、再度窓の外を見る。
〇通学路(夕)
記憶屋Amberの前で立ち止まっている奈央。
奈央の視線。独特な絵が描かれた看板。真ん中に「記憶屋Amber」と書かれている。
奈央、考え込むように、
奈央「何だっけ、これ……懐かしい感じがするんだけど」
看板に書かれた独特な絵。
奈央の隣に影が差す。
前田の声「消したい記憶、ございませんか?」
奈央、驚き、顔を上げる。
人当たりの良い笑顔を浮かべた前田が立っている。
奈央「消したい、記憶……?」
前田「はい。貴方をとらえる悩み事、ここなら解決できるかもしれませんよ」
困惑の表情を浮かべる奈央。
笑顔の前田、奈央を店内へ促す。
〇記憶屋Amber・店内(夕)
アンティーク調の店内。壁際にある棚に所狭しと薬瓶が置かれ、その中には様々な形をした一見宝石のような琥珀糖が入っている。
中央にソファが対面するように置かれ、間にローテーブルがある。
入ってきた奈央、驚きの表情で、
奈央「宝石……⁉ 私、宝石が買えるようなお金は持ってないです……‼」
続けて入ってきた前田、笑みを浮かべ、
前田「宝石みたいだよね……でもこれ、宝石じゃないんです」
奈央「え?」
前田、近くにあった薬瓶を一つ手に取り、
前田「これ全部、記憶の結晶、なんですよ」
奈央「えっと、どういうことですか?」
前田、手の中の薬瓶を見ながら、
前田「信じるのは少し難しいと思いますが、ここでは記憶を取り出すことができるのです。……そして、取り出された記憶は、」
前田、薬瓶を奈央の前に掲げ、
前田「このように結晶化され、琥珀糖となるのです」
奈央、混乱した様に、
奈央「えっと、どういうことですか? 琥珀糖?」
前田「はい。これらはすべて琥珀糖です。記憶を戻したければ食べることによって戻ります。もちろん、他の方の記憶を食べると、その記憶を手に入れることができます」
ますます混乱した様子の奈央。
奈央「他の人の記憶……」
前田、薬瓶を棚に戻し、
前田「恥ずかしい記憶、トラウマ、嫌な記憶。ここに来れば全て貴方の頭の中から消し去ることができます。もちろん、他の方の成功体験、自己肯定感を手に入れることも可能です」
奈央「ちょっと、信じがたいんですけど……」
前田「そうですよね。誰しも初めは信じられないと思います」
奈央店内を見渡す。
前田「でも、貴方もなかったことにしたい過去、ありませんか?」
奈央「なかったことに……」
×××
(フラッシュ)
杏奈に恋愛相談をする奈央の姿。
寄り添って立つ奏多と杏奈の姿。
×××
考え込む奈央。
前田、奈央の様子を見て、
前田「よかったら話だけでもお聞きください。どうするかはそのあとに考えましょ」
前田、中央に置かれたソファに促す。
奈央、少し考え、ソファに座る。
前田、奈央の対面に座り、ローテーブルにメニューを置き、指さしながら説明を始める。
前田「記憶の結晶はその人の記憶の中でその存在が大きければ大きいほど結晶も大きくなります。その大きさによって、お値段は変化いたします」
真剣な表情で聞く奈央。
前田「反対に戻す際は……大きさにもよりますが、結晶化の5倍ほどのお値段に」
奈央「凄く、高くなりますね」
前田「はい。申し訳ございませんが、いわゆるキャンセル料、という風にお考え下さい。すなわち、記憶を消すということはそれ相応の覚悟を持って、ご決断ください」
奈央、頷く。
前田「そして、結晶化した記憶がお客様のものである期限は、2週間までです。それ以降は我々のものとさせていただきます」
奈央「そうなると……」
前田「他の方のもとに行ってしまう可能性がある、ということです」
奈央、メニューの「記憶を買い取る」を指さす。
奈央「それが、これ」
前田「そうです。他の方の記憶ですから。お値段は結晶化の10倍ほどとさせていただいております」
奈央「なる、ほど」
前田「もちろん、きちんと取り出すことができなかったり、ご満足いただけない場合は代金を受け取っておりません。後払い制ですからご安心を」
にっこり微笑んで奈央を見る前田。
奈央、考え込む。
前田「ご利用されなくても、もしよければ私にお話しください。そうすることで心が軽くなるかもしれませんから」
奈央「あ、えっと……」
奈央、恐る恐る話始める。
〇記憶屋Amber・店内奥・階段(夕)
階段の陰で静かに聞く雨野の姿。
〇記憶屋Amber・店内(夕)
話し終わった奈央。
奈央「と、いうことがあって」
真剣な表情で聞いていた前田、
前田「それは……ショックだね」
奈央「はい……杏奈とは親友なので尚更……」
前田、悲しげな表情になり、
前田「信頼していたがゆえに、だね……」
奈央「はい……」
沈黙。
前田「その、奏多さんとはいつからの幼馴染で?」
奈央「保育園です。物心つく前から一緒に居て、もう、居るのが当たり前みたいな」
前田「そんな前から……! 奏多さんの気持ちを聞いたことは?」
奈央、慌てた様子で、
奈央「むむむ、無理です。いつも一緒にいた兄弟みたいな感じなので、そんなこと」
前田「でも、杏奈さんのことが好きなわけでもなさそうだったんだよね?」
奈央、あいまいに頷き、
奈央「よく、わからないです。基本的にボーっとしている奴で、サッカー以外に興味があったなんて」
雨野の声が突如聞こえる。
雨野の声「はめられてんなぁ」
奈央、前田、声の方を向く。
店内奥から出てきた雨野が立っている。
雨野、前田に向かって歩き、
雨野「お前はいっつも……ここは相談所じゃねーんだよ」
雨野、前田の頭を小突く。
前田「ごめんって」
雨野、奈央を見て、
雨野「で? 何の記憶、消してぇんだ?」
奈央、困惑した表情。
奈央「えっと……?」
前田「あ、奈央さん、彼がここ記憶屋Amberの店主、雨野亮一。そして、記憶を結晶化できる人」
奈央、驚きの表情で雨野を見る。
奈央の瞳を射抜くように見る雨野。
雨野の視界。奈央の頭の中が可視化され、記憶の奥に鍵のかかった記憶が確認できる。
前田「アメちゃん、この方は小森奈央さん。内容は……聞いてたか」
雨野「ああ」
雨野、奈央から目をそらす。
前田「どうしましょうか。僕たちとしては、何か奈央さんの心が回復するお手伝いをさせていただきたいのだけど……」
奈央「そう、そうですね」
前田「もちろん、強制は致しません」
奈央「ええ……恋心って、消せるものでしょうか」
奈央、雨野を見る。
雨野「消せるよ。その幼馴染君との記憶はそのままに、恋愛感情に紐づけられた記憶だけ抜き取ればよい」
奈央「そんなことが、できるんですか?」
雨野「ああ。17年間か。そのすべてから集めるから、少し時間はかかるがな」
奈央、考え込む。
雨野「そうなると、その親友とやらに相談していた記憶も抜くこと人るから、そいつへの憎しみもいくらか軽くなるだろ」
奈央、ハッとした顔になる。
奈央「なるほど……」
奈央、意を決した表情になり、
奈央「カナタへの恋心、消していただけませんか?」
前田、少し驚き、
前田「いいん、ですか?」
奈央「はい」
前田、悲しげな表情になり、
前田「17年間、大切に育ててきたのに……」
奈央、笑顔を浮かべ、
奈央「いいんです。そうしたら、カナタと杏奈のこと、本当に祝福できるので」
何か言いたげな表情の前田。
雨野「りょーかい。小森奈央の記憶から、林奏多への恋心を抜き取る」
雨野、黒い手袋をはめる。
前田、書類を持ってきて、
前田「それでは、契約事項です。一読していただいて、サインをお願いします。」
奈央、書類に目を通し、サインをする。前田、書類を手に取り、確認し、
前田「奈央さん、そのままソファに腰かけて、リラックスしててね」
奈央「はい」
奈央、ソファに深く腰掛ける。
雨野、奈央の目を見ながら、奈央の頭に両手をかざす。
奈央、雨野の目に囚われる。
前田「痛みはないので、安心して」
数秒かざし続ける雨野。雨野、にやりと笑い、
雨野「集まった」
奈央の頭にかざしていた雨野の両手が握られる。
奈央、困惑の表情。
奈央「お、終わったんですか?」
前田「お疲れ様でした」
前田、紅茶を奈央の前に置く。
奈央「ありがとう、ございます」
奈央、紅茶を一口飲む。
前田、奈央と目を合わせ、
前田「奈央さん、貴方が消したかった記憶、何だったっけ?」
奈央、話そうとするもうまく言葉にできず、
奈央「えっと、」
奈央、考え込む。
奈央「何、でしたっけ?」
前田「ここに来てから、何の話をしたか覚えてる?」
奈央、少し考え、
奈央「ここにきて、このお店の話を聞いて、えっと、カナタと杏奈の話をして……? あれ、何で二人の話をしたんだ?」
前田、笑顔を見せ、
前田「思い出そうとしなくて大丈夫。そもそも、取り出しちゃったから思い出すこと自体が不可能だし」
雨野の右手から新しい薬瓶に米粒大の大きさのサファイアのような琥珀糖が入れられる。
雨野「これが、お前の記憶だな」
雨野、奈央に瓶を見せる。
奈央、恐る恐る薬瓶を手に取り、
奈央「これ、が……」
前田、薬瓶の中の琥珀糖を見て、
前田「サファイア……か」
雨野「ああ。かき集めるのに苦労した」
奈央、不思議そうに琥珀糖を見る。
奈央「私、こんな小さなことで悩んでたんですね……バカみたい」
前田、笑顔で
前田「心は、スッキリした?」
奈央「はい! 何か、晴れ晴れとした気分です!」
前田「それはよかった」
奈央、笑顔を見せる。
雨野の手袋をした左手。新たな薬瓶に琥珀のような琥珀糖が入れられる。
〇記憶屋Amber・店前(夕)
夕焼けに染まる記憶屋Amberの外観。店から出てきた奈央と前田が話している。
奈央「ありがとうございました」
前田「取り戻したいときはできるだけ2週間以内に。それ以降は必ず取り戻せるという保証はないからね」
奈央、笑顔で、
奈央「はい、わかりました」
奈央、足元の看板を見て、ふと思い立ったように、
奈央「あの、この絵って、誰が描いているんですか?」
奈央、看板に書かれている絵を指さす。
前田「ああ、それね。変わった絵だよね」
奈央「はい……なんか、懐かしい気がして」
前田、目を細め、
前田「懐かしい?」
奈央「なんか、小さい頃にこんな感じの絵を見たような……ぼんやりとして全然思い出せないけど」
奈央、くすくすと笑う。
前田「そう……この絵、毎日日替わりで変えてるので、よかったら明日も見に来てください」
奈央「そうなんですか⁉ じゃあ、楽しみにしておきます」
奈央、笑顔で手を振り、帰路に就く。
前田、手を振り返し、奈央を見送る。
前田、看板の絵を見つめる。
〇記憶屋Amber・店内(夕)
前田が入ってくる。
雨野がソファに座り、奈央の記憶(サファイア)が入った薬瓶を見つめている。
前田、雨野の対面に座り、
前田「そこそこ集めるのに苦労してそうだったけど、1,000円で良かったの?」
雨野、薬瓶を見つめたまま、
雨野「確かに、17年分の記憶の端々に存在していたからかき集めるのに苦労したが、」
雨野が琥珀の入った薬瓶をローテーブルに置く。
雨野「それ以外の記憶もいただいてしまったからな」
前田、ローテーブルに置かれた薬瓶を見て、
前田「鍵のかかった記憶」
前田、項垂れる。
前田「……頂いたってわけね」
雨野「どうせこの記憶はないも同然。本人は認識できないんだ」
前田「それ、契約違反だからね」
前田、立ち上がり、受付へと歩く。
雨野、琥珀の入った薬瓶を店内奥の棚に置く。
前田「そーいえば、奈央さん、チカちゃんの絵が懐かしいって」
雨野、動きを止め、
雨野「そうか」
勢いよく店の扉が開く。
雨野チカ(14)の元気な声が聞こえる。
チカの声「ただいまー‼」
前田、扉の方を向き、
前田「チカちゃん、お帰りなさい」
チカ、店内に入ってくる。
チカ「ケンちゃんただいま! パパはお仕事中?」
前田「いや、今終わった所だよ」
雨野、ソファに戻る。
雨野「お帰り、チカ」
雨野、笑顔で千歌を迎え入れる。
チカ、雨野に飛びつく。
チカ「ただいま! パパ!」
雨野、チカの頭をなでる。
チカ「今日もねぇ、パパにプレゼントがあるんだよ」
チカ、背負っていた鞄からノートを取り出し、開く。
無地のノートに所狭しとAmberの看板同様独特な絵が描かれている。
雨野、それを見て、
雨野「いつもありがとうな」
チカ、絵を一つ一つ指しながら、話し出す。
チカ「うん! 今日はねー、学校行くときに猫ちゃんに会ったの! でねー、」
身を寄せ合い、楽しそうに会話する雨野とチカ。
店内奥の棚。奈央の記憶の琥珀の隣に、手のひら大の琥珀が大きな薬瓶の中に入っている。
〇通学路(朝)
登校中の奈央。前方に奏多がスマホを触りながら立っている。
奈央、奏多の前を素通りする。
奏多、スマホから顔を上げ、慌てて奈央を追いかける。
奏多「奈央! 何で無視するんだよ!」
奈央、奏多の方を向かずに歩きながら
奈央「カナタは杏奈と付き合ったんでしょ? 彼女いるのに別の女と一緒に登校なんてしないでしょ」
奏多、慌てたように、
奏多「でもいつも一緒に行ってたじゃん」
奈央「今までは、ね」
奏多「そんな、急に……」
変わらず歩く奈央と、後ろをついていく奏多。
大きな杏奈の声が聞こえてくる。
杏奈「奏多くーん‼」
奈央と奏多が歩く先。杏奈が大きく手を振りながら立っている。
奈央、杏奈に気付き、
奈央「あ、杏奈待ってるじゃん。なんだ、待ち合わせしてたんなら私に構わずに先に行ってればよかったのに」
奏多「いや、待ち合わせなんて……」
奈央、杏奈のもとに早歩きで向かう。
奈央「杏奈ゴメンね!カナタ連れてきたから!」
杏奈、少し疑問の表情を浮かべる。
笑顔の奈央と、少し不機嫌そうな奏多。
杏奈「ううん~。むしろごめんね。二人でいつも登校してたのに邪魔しちゃって」
奈央「全然大丈夫! カナタってばボーっとしててちょっと心配だったけっど、杏奈だったら安心だもん! カナタのこと、よろしくね‼ ……では、邪魔者は立ち去ります!」
奈央、杏奈に笑みを返し、学校へと歩き出す。
杏奈、奈央の背中を見ながら、小さな声でつぶやく。
杏奈「なに……負け惜しみ?」
奏多、奈央を追いかけようとするが、杏奈が奏多の腕に巻き付く。
奏多「奈……」
杏奈「奏多君、彼女より幼馴染の方を優先するのー?」
奏多、杏奈を見て、
奏多「杏奈……お前、そんなんだったか?」
杏奈「えー、そんなんって何?」
奏多、ため息をつき、歩き始める。
〇藍学園・2年3組教室
昼休憩。弁当を取り出す奈央。
奈央の席に寄ってきた奏多。奈央、奏多を見て、
奈央「一緒に食べないよ」
奏多「なんで。ずっと一緒に食べてたじゃん」
奈央「杏奈と二人で食べなよー。あ、私が一人になると思ってる? 大丈夫だから!」
奈央、弁当を持ち、教室の端で固まっていた女子生徒A~D(17)のグループの中に入っていく。
奈央「ねぇ、お昼一緒に食べていい?」
女子生徒A「めずらしいね? いいよー」
奈央、近くの椅子をもってきて座る。
奈央の姿を目で追う奏多。
教室のドアが開き、杏奈が入ってくる。杏奈、奏多の席の前に立ち、
杏奈「奏多君? お昼食べよー?」
奏多、生返事。
奏多「うん……」
奏多の口に突如卵焼きが押し付けられる。
奏多「んん⁉」
奏多、驚き目を見開く。
少し怒り顔の杏奈が奏多の口に卵焼きを押し付けている。
杏奈「ねぇ。奏多君。今は私と居るんだよ?」
奏多「あ、あぁ、ごめん……」
杏奈、開いた奏多の口に卵焼きを放り込む。
奏多、卵焼きを咀嚼しながら、
奏多「しょっぱい……」
杏奈「もしかして、卵焼きは甘い派? ごめんね、私だし巻きが好きだからさ」
奏多「あ、うん……奈央が作ってくれたのが甘かったから……」
ジトっとした目で奏多を見る杏奈。
奏多、慌てて弁当を食べ、すぐに食べ終わり、
奏多「ご馳走様! ごめん、サッカーしてくるわ!」
奏多、あわただしく教室を出ていく。
杏奈「え、ちょっと……!」
取り残された杏奈。女子生徒と弁当を食べる奈央を睨む。
〇記憶屋Amber・店前(夕)
奈央が通りかかる。看板に気付き、立ち止まる。
看板。チカの絵がトレースされている。
奈央「これは……猫ちゃんかな? かわいい」
店の扉が開き、前田と曽根香苗(57)、曽根勉(23)が出てくる。
香苗「いつもありがとうございます」
前田「いえいえ」
ボーっとしている勉。何度も頭を下げる香苗。笑顔で対応する前田。
香苗「ほら、勉! 帰って勉強よ‼」
香苗、勉の背中を叩き、歩き出す。
勉、ボーっとしたまま香苗の後ろをついて歩く。
その姿を訝しげに眺める奈央。
前田、香苗と勉を見送っていたが、奈央に気付き話しかける。
前田「奈央さん! 絵を見に来てくれたの?」
奈央、少し慌てて、
奈央「あ、はい!」
奈央、少し恐る恐る、
奈央「あの、さっきの方たちは……?」
前田、少し疑問の表情を浮かべるもすぐに、
前田「さっきお帰りになった二人のこと?」
奈央、頷く。
前田、笑顔でウインクをして、
前田「お客様のことはトップシークレット!」
奈央「そ、そうですよねー……」
前田「気にしなくても大丈夫だよ。うちは、本人からの同意が得られないことはしないから」
前田、店の扉を開き、
前田「看板の絵が気になるんだったら少し寄っていきなよ。もう少ししたら絵の作者が帰ってくるから」
奈央「絵の作者?」
前田「うん」
奈央、前田に導かれて店内へ入る。
〇記憶屋Amber・店内(夕)
奈央、店内のソファに座っている。
奈央の前に前田の手で紅茶が置かれる。
奈央「ありがとうございます」
前田「いーえー! ゆっくりしてて」
奈央、きょろきょろと店内を見渡す。
奈央「雨野さん……は?」
前田「アメちゃんはねー、基本的に二階にいるよ」
奈央「へぇ」
奈央、静かに紅茶に口を付ける。
前田、奈央の対面に座る。
前田「今日はどういう一日だったの?」
奈央「えーっと」
奈央、少し考える。
奈央「あ、新しく友達ができました! カナタと杏奈と一緒にずっとお昼食べてたんですけど、二人が付き合いだしたので私、今日は別の子と食べたんですよ。そしたらすごく気が合って!」
笑顔で話す奈央。
前田「それはよかった! 友達が増えるのは嬉しいね」
奈央「はい! ってか聞いてくださいよ。カナタが、杏奈と付き合ったのに私とばっかいるんですよ!」
奈央、少し不満げな表情。
奈央「杏奈のこと大事にしていない感じがしてホント、むかつくんですよねー」
前田、奈央の様子を笑顔で見ている。
店の扉が開く。チカが元気よく入ってくる。
チカ「ただーいま!」
前田、立ち上がり、
前田「おかえりなさい」
奈央、扉の方を向く。
チカ、奈央に気付き、
チカ「あれ⁉ お客さん? お邪魔しましたー!」
チカ、そそくさと店内奥へ向かう。
前田「あ、チカちゃん、ちょっと待って」
チカ、立ち止まり、前田の方を向く。
チカ「ん?」
前田「この方、奈央さんって言うんだけど、チカちゃんの絵、好きなんだって」
チカ、奈央を見る。
ソファに座る奈央、地下に向かって小さく頭を下げる。
チカ、怪訝そうに前田に向かって、
チカ「えー、嘘だよぉ。チカの絵、パパと健ちゃん以外、ヘンって、気持ち悪いっていうもん……」
奈央、慌てて、
奈央「そ、そんなことない! 今日の、猫ちゃん、可愛かった‼」
チカ、驚きの表情で奈央を見る。
チカ「猫ちゃん! そう、チカ、猫ちゃん描いたの!」
チカ、笑顔になり鞄からノートを取り出して、奈央の前に立ち、
チカ「チカの絵、分かるの?」
チカ、奈央に向かってノートを広げる。
奈央、驚きつつノートを見て、
奈央「こ、これ……は、ウサギさん?」
チカ、満面の笑みを浮かべ、
チカ「そう! チカの学校のウサギさん!」
チカ、奈央の隣に座る。
チカ「すっごい‼ おねぇちゃん、チカの絵分かる!」
奈央「う、うん……なんかね、懐かしい感じがするんだ」
チカ「懐かしい? チカと会ったことある?」
二階から雨野がおりてくる。
雨野「多分ねーよ」
チカ、パッと立ち上がり、
チカ「パパ‼」
雨野「お帰り」
チカ「ただいま‼」
チカ、雨野に飛びつく。雨野、笑顔で受け止める。
奈央、驚きの表情で
奈央「パパ⁉」
前田、奈央の傍により、
前田「あの子はチカちゃん。アメちゃんの娘だよ」
奈央「ほー、えー?」
チカ、雨野に向かって嬉しそうに
チカ「パパ、あのおねぇちゃん、チカの絵分かってくれた! 可愛いって!」
雨野、笑顔で千歌の頭をなでる。
雨野「良かったじゃねーか」
チカと雨野をほほえましく見る奈央。
その様子を見ていた前田。ドアの外に影が映っているのに気付く。
記憶屋Amber - 第二話「オパールは自分の気持ちに気付く」 -|鈴木久遠 (note.com)
記憶屋Amber - 第三話「鍵屋は自分を琥珀に閉じ込める」-|鈴木久遠 (note.com)