Back to the late 90’s【番外編】第10話 大阪における当時のHIPHOPとREGGAEの関係②仲間意識から敵対意識
1990年代前半から中頃にかけての関西におけるHIPHOPとREGGAEの関係は良好だったと、京都にある老舗レコード店VINYL 7 RECORDSの店主 松本さん(MATSUMOTO HISATAAKAA)から話を聞いた。まだまだお互いに超アンダーグラウンドで、かつマーケットが小さかった時代なので、同じパーティー内でHIPHOPとREGGAEの演者達が仲良く手を取り合ってイベントを楽しんでいたようだ。
それが、少なくとも私が活動し始めた1997年には良好と言う雰囲気ではなく既にジャンルの壁はあり、本格的に様々なイベントでDJするようになる1999年は前回話したように「水と油」だった。
HIPHOP業界のDJやラッパーはREGGAEを毛嫌いしている人が本当に多く、その理由を伺ってみると「REGGAEはラップのくせに歌い回しがあるやろ?あれ意味わからんしー、なんでラップしてるのに歌い回しがあんねん!あとトラックもショボくてチープやし、とにかくダサいねん!」と力強く言い返された。ここで言うラップとはREGGAEのDEEJAYスタイルを指している。
また同じくREGGAE業界のサウンドマンや歌い手は、HIPHOPを毛嫌いしている人が多く、その理由をを伺ってみると「ラップて単調やんけ!歌い回しもないし、下手したらお経やろ!リリックも聞き取れもせんのに、ずっと聴かれへんわ!あんなもん!」と言われてしまった。
お互いの言い分は単に「好みの問題」だと思うのだが、当時は両者が譲る事がなく、ひたすらディスり合っていた。もちろん、皆が全てとまでは言わないが、大半が嫌悪だったと思う。そして、この状況は両者のオーディエンスにまで影響を与えていた。
CLUB ItoIの土曜日は、REGGAEのメッカに相応しいKILLASAN MOVEMENTがプロデュースするREGGAEイベントが毎週開催されていた。CLUB ItoIで私がレギュラーでDJするようになってから、土曜日のREGGAEイベントにもよく遊びに行っていたのだが、その時の思い出として、CLUB ItoIのバーカン前で、遊びに来てる女の子と話す機会があり、「俺、ここでレギュラーでレコード回しているんだ」と話すと、その女の子が「わあ、そうなんや!今度遊びに行くわ!何曜日?何のイベント?」と言ってくれたので、「木曜日にやってる『Freakin' Time』てHIPHOPイベントやねん。良かったら来てよ!」と返答するなり、女の子が「あー、なんやあREGGAEと違うんやー!無理無理!私HIPHOP大っ嫌いやしー」と素っ気なく私に言ってきたので、返す言葉を失ってしまった。
また私が通う大学の新入生募集用ポスターやパンフレットになった美人のマドカちゃん。彼女は大のREGGAE好きで、ミナミやBAYSIDE JENNYで開催されるREGGAEイベントにもよく遊びに行ってたので「『Freakin' Time』にも良かったら遊びに来てよ」と私が話すと、「ごめん、HIPHOPは本当に興味ないから」とキッパリと断り、一度も遊びに来てくれる事はなかった。
と上記のエピソードが示すように、REGGAE好きオーディエンスはREGGAEイベントのみ行く、HIPHOP好きオーディエンスはHIPHOPイベントのみ行くと言う状況が、この頃は当たり前だったように思う。まあHIPHOPやREGGAEの一流クラスとなると、一緒のイベントに出演していたが、彼等を除けば殆どが別々だった。
私がREGGAE好きと言うのを、心よく思わなかったHIPHOP業界の関係者の中には「クオはHIPHOPなんか?REGGAEなんか?どっちやねん?REGGAEが好きならHIPHOP DJ辞めて、REGGAEのサウンドマンになったらええやん!HIPHOP業界で活動するんならREGGAEをプレイするの止めろや!」と二者択一を言い出す輩もいた。
そう言った事もあったので、私が「REGGAEが好きと言うのは、あまり知られたくないなあ」と思っていた。HIPHOP DJがREGGAE好きと言う事に対して心よく思わないHIPHOP業界関係者は私の感触では多く、その逆もまた然りだった。
つづく......
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