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原因と対策

個人がミスをした時。謝って反省して善後策の指示を仰げば責任者が解決してくれるし自分も経験値が増えるのに、反射的に「そもそも体制に問題があったのではないか?」と<正義の提案>をすることで個の問題ではないところに視点をずらして個別の問題を共有できないところに味方をつくって自分を守る→ことで問題を個人の手におえない形而上学的な大きさに広げて具体的な解決から遠ざけて、結局自分も周りも傷つける……………という現象に名前をつけたい。原因と対策を知りたい。

若い人に多いように思うのは、おそらくミスをする確率の高さによるもので、原因は「=年齢」ではないような気がしている。

教育の問題もあるのかもしれない。ミスをする度形而上学的な大きさで非難され続けていたら形而上学的な方法で言い返すしかなくなるだろう。常に犯したミス以上の責任を取らされていたらミスをした瞬間から理不尽な気持ちを持て余すことになるだろう。
実務能力とプライド、自己評価と客観的評価の均衡がとれていなければ、小さな叱責で理不尽な字持ちになるかもしれない。ミスの原因を人間性に求める考え方をする人は、「ミスを認める=人格を否定される」という風に考えてしまい、無意識にそこから逃げようとするのかもしれない。

この現象に出会う頻度があまりにも高いので、これに対処する(というか未然に防げる)方法がみつかれば、たくさんの人が生きやすくなるだろうなと思っている。

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久野那美
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